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『新幹線大爆破』レビュー☆冷静に、誠実に、そしてやるべきことを着実に

出典:Netflixにて独占配信「新幹線大爆破」より
アクションの森

安全が売り物の日本が誇る新幹線。その安全神話が崩され、脅かされるというパニック映画。1975年公開の同名映画のリブート版ともいえる本作は、2025年の4月にNetflixから配信となりました。


  • 『新幹線大爆破』
  • 脚本
    中川和博/大庭功睦
  • 監督
    樋口真嗣
  • 主な出演
    草彅剛/細田佳央太/のん/要潤/尾野真千子/豊嶋花/斎藤工
  • 2025年/日本/135分

※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

☆あらすじ

新幹線E5系「はやぶさ60号」(列車番号 5060B)は、新青森駅を定刻通り発車する。車掌の高市和也(草彅剛)は、修学旅行生を迎えるなど日常業務に従事していたが、発車後間も無く、JR東日本に「はやぶさ60号に爆弾を仕掛けた」という犯人からの連絡が入る。

その爆弾は「時速100 km以下になると爆発する」というのだ。犯人は、信憑性を証明するためとして、ある貨物列車にも同様の爆弾を仕掛けており、実際に青森東駅付近で貨物2074列車が速度低下で爆発。東京本社は即座に緊急事態と判断し、「はやぶさ60号」に対して、すべての停車予定駅の通過と速度低下回避を指示する。

高市ら乗務員はもちろん、政府や警察、JR東日本の指令所までを巻き込んだ緊迫の人命救出劇が幕を開ける。

八戸駅などの途中駅を通過する中、高市たちは乗客に緊急事態を察知されないよう冷静を装いつつ、列車の速度維持に全力を尽くす。しかしそんな中、指令所に駆けつけた総理補佐官から「爆弾の事実を乗客に公表せよ」との指示が出て、乗務員一堂に緊張が走る。

列車にはさまざまな乗客が同乗している。
修学旅行の女子高校生(豊嶋花)、不倫疑惑報道の国会議員・加賀美裕子(尾野真千子)、YouTuber起業家等々力満(要潤)、電気工事士、ヘリコプター運航会社元社長ら‥‥。

乗務員・乗客・政府関係者・指令官・警察など多くの立場の人々ーーそれぞれの価値観や葛藤を抱えてストーリーは進行する。中でも高市と若手車掌の藤井慶次(細田佳央太)、そして運転士・松本千花(のん)は、プロとしての強い自覚を胸に、極限状態での判断を下していく。

犯人が爆弾解除のために要求したのは、なんと1,000億円という途方もない金額。マスメディアも騒然とし、乗客の間には動揺や不安が拡大。YouTuberの等々力が「クラウドファンディング」で寄付を募り始める事態も起こる。

途中、先行の列車が車両トラブルのため盛岡駅で走行不能となったため、止まれない「はやぶさ60号」は下り線を使って上り方向へ進むという事態に。その際、下り線を走行中の新函館北斗・秋田行き「はやぶさ・こまち27号」(3027B)と衝突の危険性があったが、時速100km以下に減速できない「はやぶさ60号」は、ギリギリまで減速して、相手車両と接触しながらなんとか衝突を回避する。

さまざまな困難を乗り越えて激走する「はやぶさ60号」だが、中盤以降、意外な犯人像が明らかになる。
犯人は過去に起きた新幹線がらみのある事件、その処理にあたって警察がついたあるウソに深い恨みを抱き、それを暴くことが目的だったということが明らかになっていく。

そしてその犯人は「はやぶさ60号」に乗り合わせており、高市たちの前に姿を見せる。
犯人は冷静な声で爆弾の解除方法を伝えるが、それは「犯人の体内にある小型の心臓モニターが心拍を検知できなくなると爆弾が解除される」という仕組みだった。

つまりそれは、犯人を殺さない限り爆弾は解除できない、ということを意味していた‥‥。

出典:Netflixにて独占配信「新幹線大爆破」より

☆特撮+CG+実写が織りなすリアル

監督は、『シン・ゴジラ』(2016年)、『シン・ウルトラマン』(2022年)の樋口真嗣。
企画段階では1975年版同様、東海道・山陽新幹線を舞台にする方向で考えられていましたが、JR東日本から「震災後の東北地方の復興をアピールする機会に」と熱烈なラブコールを受け、舞台を東北新幹線に変更することにしたのだとか。

1975年版では当時の国鉄(日本国有鉄道‥‥現在のJR各社の元になった会社です)から協力を拒否されたと伝わっていますが(まあ、これは充分理解できる話です。国鉄の上層部としては、新幹線の安全が脅かされる映画に協力などできるか、ということですよね)、本作の場合は上記の経緯から、JR東日本の全面協力のもとで撮影されました。

E5系「はやぶさ」の実車による撮影用臨時列車は、東京~新青森間を都合7往復し、実際の駅舎(八戸・盛岡など)や車両センターでの撮影も行いました。
俳優陣も車掌・運転士・アテンダントとして本物のJR職員から所作指導を受け、制服や車内点検、車内各サービスの細部に至るまで、忠実に「リアル」を再現することが可能になりました。

リアルといえば、クライマックスのスペクタクルシーンの撮影に用いられたのは、CGではなく6分の1サイズ(車両全長約4.2 m)の精巧なミニチュア模型による特撮。「ミニチュア」というにはあまりに大きなその模型を実際に爆薬で破壊し、横転させる大胆な撮影を敢行しました。

車体の壊れ具合、線路上を滑っていく際の重量感、そして水のタンクに突っ込んでいくときの破裂し、飛び散る水しぶきの様態‥‥。大きな「ミニチュア」だからこその「リアル」が、作品の映像表現に厚みのようなものを加え、上質な映画体験を作り出しています。

もちろんCGも多用されていますが、それは例えば、本来は通らない線路を通っているシーンの車両とか、進行方向が逆の車両を撮影して「逆転」して使う場合に不自然になる部分の修正など、CGが「主役」になるような使い方ではなく、あくまで「リアル」をアシストする手段として、ということのようです。

というわけで、特撮とCGと実写が絶妙に織り交ぜられたタペストリーのような作品。
本作は、そんなふうに形容することができると思います。

出典:Netflixにて独占配信「新幹線大爆破」より

☆LEDウォールが生み出す臨場感

物語の中心は、やはり新幹線車内の人間模様なのですが、「東京~新青森間を都合7往復」というリアル車両で全シーン、全カットを撮影できるはずもありません(全然足りないのです。だからといって、撮影用臨時列車をそれ以上乱発することも、JR東日本としては無理でしょう)。

そこで活躍したのが、実車と同じサイズ、同じ素材で作られた車両のセットです。物流倉庫を借り切って、2両分のセットを組んだそうです。そのセットの車両を挟むように左右に設置されたのが、LEDウォール。横に長い、大型のLEDディズプレイですね。

本物の車窓の実景(のVTR映像)を表示させながら、その実景に合わせた照明をセットに組んで(晴れなら晴れ、西陽、夕景などなど)お芝居を撮影しました。VTRですから、NGが出ても巻き戻して再スタートすれば何度でも同じ背景で撮影できます(実写の場合は、NGだからといって車両をバックさせるわけにはいきませんからね)。

このLEDウォールで撮影したカットの臨場感が素晴らしく、全編、本当に走行中の新幹線の中としか思えません。もちろん、実車で撮影したお芝居とセットで撮影したお芝居の区別もつきません。
そして、刻一刻と移り変わっていく景色を、時間経過とともに見事に表現しています。

LEDウォール、効果絶大でした。

思えば、セット撮影の窓外の風景といえば、かつては舞台美術から流用した「書き割り(かきわり」が定番でした。ベニヤなどの木製パネルに描いた風景画をセットの窓外に立てて、その前でお芝居していました。場合によって、それは大きく拡大した写真パネルということもありましたが、平面であることに変わりはありません。カメラがセットに入り込んで斜めに撮影しようとすると、どうしても不自然さが拭えませんでした。

やがて合成という技術が出てきて、窓の外はブルー、またはグリーンに塗られたパネルになりました。編集の際に、ブルーやグリーンの信号の部分を合成したい画像に置き換えるのです。これによって、窓外の風景に静止画でなく動画が使えるようになりましたが、照明をしっかり当てないとブルーやグリーンの色がうまく「抜けない」、つまり合成できないという問題や、人物のエッジがチリチリしてしまうなどの技術的な課題がつきまといました。

薄暮などの暗いシーンにはまず使えませんし、何より、ブルーやグリーンのパネルの前で気持ちを作らなければならない俳優もなかなか大変でした。スタッフにしても、完成画面を見ないで、頭の中でイメージしながら撮影を進める困難さがあったように思います。

そうした課題や問題を一気に解決してくれたのが、このLEDウォールです。

俳優は実際に動く景色を見ながらお芝居できますし、セットの照明の当たり具合と窓外の光の当たり方を目で見ながら合わせていくことができます。
背景画像を3DCG化しておけば、撮影するカメラの位置と背景画像の視点を連動させる(バーチャルプロダクションの手法ですね)ことも可能です。これがあれば、もうどれだけ斜めに撮っても違和感はありません。

LEDウォールに囲まれたセットがあれば、もうロケと同じように撮影できる、と言っていいでしょう。いや、騒音で撮影中断ということもないですし、「お天気待ち」も起きないので、実は最強の撮影環境と言うべきなのかもしれません。

実際、本作の撮影で1日中セットにいたエキストラが、車酔いのような症状になったという話もあります。さもありなん。LEDウォール恐るべし、ですね。

出典:Netflixにて独占配信「新幹線大爆破」より

☆抑制された演技が緊迫感を倍化す

そんなLEDウォールが生み出す臨場感は、俳優陣の演技にもプラスに作用した面が多かったと思います。不倫疑惑報道の国会議員を演じる尾野真千子、YouTuber役の要潤らの過剰な演技。そして、それとは対照的な草彅剛とのんの抑制の効いた演技。繰り返される演技のコントラストが心地いいリズムとなって、作品全体を貫いているからです。

草彅剛が演じる高市和也は特別な能力を持つヒーローではありません。ただ、列車を止められないーー爆発までの時間が刻々と迫る中、乗客の安心を第一に考え、冷静かつ誠実に行動する存在です。その所作の一つひとつ、抑制された語り口、緊迫する状況下で微細に変化する表情の強さ‥‥。それらのすべてが、この役に他の俳優はあり得ない、と告げているように感じます。

これぞ、はまり役。
そう言っていいのではないでしょうか。

運転士・松本千花を演じたのんは、声と表情だけでしか演技できない難しい役どころ(運転席のシーンで写るのは顔と手だけです)を見事にこなし、俳優としての成長を見せつけました。
列車の前面に座る孤独な彼女は、状況が悪化する中でも動揺や不安を内に溜め込みながら、表情の微妙な揺らぎによって的確にそれを伝えます。

実に12年ぶりにのんが東北地方を走っている‥‥と感涙にむせぶ『あまちゃん』(2013年、NHK)以来のファンも少なくないのではないでしょうか?

この両者の、過剰にならないよう適度に抑制された演技が作品全体を引き締め、同時に、物語を前へ前へと進めていく原動力にもなりました。「普通」とか「自然体」が持ち味で、どことなく無骨で誠実な空気感が漂う2人の俳優だからこそ、表現しえたリアルな緊迫感というのでしょうか。

思えば、事務所から独立する際のトラブルで、しばらく地上波テレビから姿を消していた2人です(のんに至っては、本名の「能年玲奈」が使用できず改名を余儀なくされる羽目に)。ようやく最近になって、テレビドラマでも見かけるようになりましたが‥‥。

そんな2人がネット配信ドラマで顔をそろえて作品を盛り上げる。
その点だけでも、本作を見る価値は充分にあると言えるでしょう。

演技や映像に関する高い評価の一方で、犯人像や犯行動機についてはネガティブな評価も聞かれる本作ですが‥‥、いっそのこと(この2人を起用したのですから)、独立で事務所と揉めたタレントが、新幹線もろとも芸能界のしがらみを大爆破する、なんてストーリーもありだったかもしれませんね(あ、ないですね、はい)。

そして忘れてならないのは、複雑な役どころに挑戦した豊嶋花の好演でしょう。子役経験が豊富で、「ネクストブレイク女優」の一番手に挙げられることも多い彼女ですが、本作でも、そのセリフに頼らない繊細な感情表現が強いインパクトを残しました。ベテラン俳優陣の中でも埋もれない存在感は、さすがというほかありません。

ちなみに、2007年生まれの彼女も実は『あまちゃん』(2013年、NHK)の出演者。
のん(当時は能年玲奈)が演じた主人公・天野アキの母親・天野春子の幼少期を演じました。ちなみついでに、成長した若い春子を演じたのが有村架純。母親になった春子は小泉今日子が演じました。

2011年に起きた東日本大震災。その2年後、東北地方の復旧・復興へエールを送るドラマとなったのが『あまちゃん』でした。あれから12年。JR東日本から「震災後の東北地方の復興をアピールする機会に」と熱烈なラブコールを受けた本作で、『あまちゃん』ゆかりの俳優が活躍する‥‥。

不思議な縁(えにし)を感じずにはいられません。

そして、もうひとつ。
草彅剛とのんという、(何も悪いことをしたわけではないのに)芸能界で干された経験をもつ2人の俳優が顔をそろえ、新幹線の乗務員として、その「自然体」の演技で表現したもの。

冷静に、誠実に、そしてやるべきことを着実に。

震災からの復興を果たすため、そして、芸能界で復活するためにも‥‥。
いえいえ、おそらくすべての人の人生にもーー。

スローガンというかモットーというか価値観というのか。
そういう類いのものを指し示してくれているような、そんな気さえしてくるのでした。

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モリゾッチ

10代からの映画熱が高じて、映像コンテンツ業界で20年ほど仕事していました。妻モリコッチ、息子モリオッチとの3人暮らしをこよなく愛する平凡な家庭人でもあります。そんな管理人が、人生を豊かにしてくれる映画の魅力、作品や見どころについて語ります。

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