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『哀れなるものたち』レビュー☆可哀想なのは誰なのか?

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
ファンタジーの森

主演のエマ・ストーンがプロデューサーも務め、第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞。第96回アカデミー賞では計11部門にノミネートされた、奇想天外にして哀しい物語です。


  • 『哀れなるものたち』
  • 脚本
    トニー・マクナマラ
  • 監督
    ヨルゴス・ランティモス
  • 主な出演
    エマ・ストーン/マーク・ラファロ/ウィレム・デフォー/ラミー・ユセフ
  • 2023年/イギリス・アメリカ・アイルランド/141分

※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

☆あらすじ

天才外科医ゴッド(ウィレム・デフォー)は、飛び降り自殺をした若い妊婦の遺体からまだ生きていた胎児を取り出し、その脳を遺体に移植して生き返らせることに成功した。
若い女性の肉体と赤ん坊の脳をもつ彼女はベラ(エマ・ストーン)と名付けられ、ゴッドの研究材料となっていた。

ゴッドはベラをずっと手元に置いておくため、研究助手のマックス(ラミー・ユセフ)と結婚させようとする。日々の研究を通じて、マックスはベラに好意を抱くようになっていたのだ。
ところが、急成長を遂げていくベラは、一度はマックスとの結婚を受け入れたものの、結婚の契約のために知り合った弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘惑され、駆け落ちしてしまう。

ダンカンとの暮らしで外の世界を知ったベラ。好奇心が一気に爆発して、奔放な行動をとり始める。彼女には従うべき規範もなく、見習うべき前例もなかった。
ダンカンはベラを監禁するためクルーズ船に乗り込んだが、そこでの出会いが、ベラにまた新しい世界を見せることになる。

こうして、彼女は冒険への扉を開いたのだった‥‥。

(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

☆エマ・ストーンの熱演に目を見張る前半

イギリスの作家アラスター・グレイが1992年に発表した小説の映画化である本作は、『ロブスター』(2015年)、『聖なる鹿殺し』(2017年)、『女王陛下のお気に入り』(2018年)に次ぐ、ギリシア人監督ヨルゴス・ランティモスの作品です。

その独特な作風は本作でも健在で、舞台はロンドンでありながら、そして登場する街はリスボンやパリでありながら、まったく架空の街の、架空の時代のお話のように描かれます。庭で飼っているペットは2本足の豚。4本足のカモのような鳥(?)も登場します。

そんな奇妙な世界の奇妙な屋敷で、奇妙な天才外科医と暮らしている美しい女性。
ベラは最初はうまくしゃべることもできませんが、1日に15ずつ言葉を覚え、研究室で死体の解剖をするゴッドを真似て検体を切り刻むなど、急速に、そしてとても不気味に、成長を遂げていきます。

ある日、性器を触ると気持ちがいいことに気づき、幸せになる方法を見つけた、と大はしゃぎ。しばらくはマスターベーションに熱中しますが、弁護士ダンカンと駆け落ちしてからは、もっぱら彼を相手に、快楽の追求に明け暮れる日々。

体力を使い果たしたダンカンが眠っている間に、ホテルを抜け出して街をうろつくベラ。やがて彼女は、世界をもっと知りたい、と思うようになります。
社会通念も貞操観念もないベラはすぐに自分のもとを去ってしまうと危惧したダンカン、船の旅に出るのですが‥‥。

船内で知り合った高齢女性から哲学を学び、彼女の同行者である黒人男性から貧しい民の存在を知らされるベラ。この世の不条理を初めて知り、強烈なショックを受けます。
そしてマルセイユで船を下りパリに流れ着いたあとは、ダンカンと決裂。売春宿に住み着いて、娼婦として金を稼ぎ、社会主義活動家の集会にも参加します。

そんな目まぐるしいベラの超高速の成長過程を、まさに体当たりで演じるエマ・ストーン。

『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)でアンドリュー・ガーフィールドの相手役グウェンを演じて話題になり、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)でアカデミー助演女優賞にノミネート、デイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』(2016年)ではアカデミー主演女優賞を獲得と、めざましい活躍を続ける女優です。

『女王陛下のお気に入り』(2018年)に続いてランティモス監督とのタッグとなった本作では、脂の乗り切ったというか、凄みを感じさせる振り切った演技が印象に残ります。
彼女の気迫に押されたわけでもないでしょうが、日本では「R18+」での上映となりました。

作品の世界観を体現する、見事な熱演だったと思います。

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☆それぞれに哀れな男たちだが‥

さて、そんな本作ですが、物語も終わりに近づくころ、こんな疑問が心の中に湧いてくるのを感じます。哀れなるもの、とは誰のこと?
そこで、登場人物は決して多くはない本作ですが、その候補者と思われる人物を少し挙げてみましょう。

まずは、ウィレム・デフォー演じる天才外科医ゴッド。
言わずと知れた、ベラの生みの親ですが‥‥、まず言えるのは、人造人間を生み出した張本人がフランケンシュタインのような見た目、という錯綜したビジュアルになっているということです。

顎の骨は大きく歪み、顔中に無数の縫い合わせた跡‥‥。
親指は変形し、自分で胃液を作ることができない‥‥。
これらはすべて、父親が我が子を使って行なった人体実験の跡なのです。

ゴッドの父は医学者として国に認められた権威であり、ゴッドはその父の地位を継いで研究を進めています。実験対象のベラに特別な感情を抱いてしまいますが、父の実験によって生殖能力を失っているので彼女と関係をもつことはできません。

屋敷で飼っている2本足の豚や4本足のカモ(?)もゴッドの作品かと想像されますが‥‥、それほどの凄腕外科医も、ベラが去ったあとに作り上げた2人目の「ベラ」には、どうにも興が乗らない様子。
帰国したベラ本人と再会したときには、悪性のガンを患い、余命いくばくもない状態なのでした。

お次は、マーク・ラファロ演じる悪徳弁護士のダンカン。
彼の仕事ぶりはいっさい描かれませんが、仕事を放り出して顧客の婚約者と駆け落ちしてしまうのですから、悪徳弁護士に決まっています。

適当に弄んで捨てるつもりだったベラにいつの間にか執着してしまい、彼女の奔放な行動が許せなくなります。捨てるつもりだったベラに自分が捨てられそうになり、監禁するように船の旅へ。そして彼女が本ばかり読むようになると、寂しさを紛らすように酒と博打に溺れる日々に。

負け続けた博打にやっとのことで大勝ちした朝、札束を部屋中にばら撒いたまま眠ったダンカン。そこへ帰ってきたベラは、その札束を全部拾い集めて下船するクルーに渡してしまいます。貧しい人々に届けるというクルーの嘘を、まだこのときのベラは見抜けるはずもありません。

資金が尽きたダンカンとベラは次の港で船を下ろされ、流れ着いたのがパリ。身体を売って食べ物を買う金を得たベラに激怒しますが、ベラにしてみれば売ったのは自分の身体。ダンカンに迷惑は何ひとつかけていないのに、と大ゲンカになり‥‥。とうとう、ベラに捨てられてしまいます。

ゴッドもダンカンも、相当に哀れです。

物語の終盤に出てくる、ベラの元夫はどうでしょうか?
正確に言うと、ベラがまだヴィクトリアという名前で、自殺をする前に夫だった男、ということになりますが。

クリストファー・アボット演じるこの男は、アルフィーという名前の軍人です。相当に位が高いらしく、おびただしい数の勲章を付けて、物凄く大きな屋敷に住んでいます。
立派な見た目とは裏腹に、使用人たちに銃を向けないと話ができないほどの臆病者で、人間不信。そのくせ傲慢で、高圧的な、一言でいえばイヤな奴です。

行方不明だった妻をやっとのことで連れ戻したと思っている彼は、ベラを屋敷に閉じ込めようとします。以前にも、こうして妻を閉じ込めていたのかもしれません。
自分の言うことを聞かせ、妻を支配しようとします。

自殺する前に自分がどんな人生だったかを知るために、この男について屋敷にやってきたベラでしたが、自分が自殺したのはこの男から逃れるためだったのだと、理解することになります。
おまけに、ベラが不貞を働かないように、眠っている間に性器を切除するという、ゴッドよりも恐ろしい計画を立聞きしてしまい‥‥。

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☆可哀想なのは誰なのか?

社会通念や世間の常識に囚われず、颯爽と自分の人生を切り開くベラは、どうでしょうか?
切り開いているように見える人生は、しかしよく考えれば、その奇妙な出自に影響された、かなり限定的な選択肢の中から選ばざるを得なかった結果に過ぎない、とも言えます。

パリの売春宿で、娼婦仲間に、お腹の傷は帝王切開のものだが子供はどうしたのか、と問われたベラ。その場はなんとか誤魔化しますが、再会したゴッドにその疑問をぶつけます。
死を目前にしたゴッドは、観念したかのように事実を告げます。

君はその赤ん坊でもあり、母親でもあるのだ、と。

そのときのベラのショックは、どれほどのものでしょうか?
しばらく後に、ゴッドのしたことはひどいことだが、命があるのは素晴らしいこと、と前を向くことを決めたベラ‥‥。

その姿は凛々しくもあり、また哀れでもあります。

結局、この物語の全員が可哀想‥‥。
いや、この世界の命あるものすべてが不完全で、可哀想‥‥。
でも、きっと誰もが、その不完全な命を生きていくしかない。

そんな思いを漠然と抱えて、フラフラと出てきた映画館のビルの外。白く眩い光のせいか、そこはいつもより不完全な世界に見えました。

きっとこの世界にもゴッドのような研究熱心な人がいて‥‥、いや仕事に打ち込むあまり‥‥、いやいや仕事に限らず、何かに囚われて自分を見失う人は、皆ゴッドといっしょか。
ダンカンみたいなしょうもない怠け者は、掃いて捨てるほどいるよな、この世界。
あ、アルフィーは軍人だけど、政治家や、経営者や、とにかく支配階級の代表だ。イヤな奴だ。

ベラは?
うーん。昔なら生まれなかったはずの命が、最近生まれるようになってるからなあ‥‥。

と考えながら歩いていると、隣を歩いていたモリコッチ(妻です)が言いました。
弁護士が一番人間っぽかったね。

うん。それは間違いない。
頷きながら、モリゾッチは思いました。

科学技術の進歩によって産業革命と近・現代史をリードした国で書かれた小説が、哲学が生まれた地から来たランティモス監督によって映画化される。それもまた、あらゆる命の成り立ちと同様、奇妙な偶然のなせる業(わざ)と言えるのかも、と。

そしてラストシーンを思いました。
ベラは、ゴッドがいなくなった屋敷の庭にゆったりと座り、約束通り夫となったマックスと、パリの売春宿で知り合った娼婦仲間の女性がにこやかに付き添います。
ほかには使用人たち。2本足の豚と奇妙な生き物たち‥‥。

命とは、どうしてこんなにも歪なものなのか?
不完全な楽園、とでも呼びたくなるそんなラストシーンが、いつまでも心に残っていたのでした。

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モリゾッチ

モリゾッチ

10代からの映画熱が高じて、映像コンテンツ業界で20年ほど仕事していました。妻モリコッチ、息子モリオッチとの3人暮らしをこよなく愛する平凡な家庭人でもあります。そんな管理人が、人生を豊かにしてくれる映画の魅力、作品や見どころについて語ります。

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