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金田一さん、大変です!横溝正史ミステリー映画5選

© 1976 KADOKAWA
テーマ別5選の森

※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

☆悪魔の手毬唄

  • 『悪魔の手毬唄』
  • 脚本
    久里子亭
  • 監督
    市川崑
  • 主な出演
    石坂浩二/岸惠子/渡辺美佐子/仁科明子/永島暎子/草笛光子/若山富三郎
  • 1977年/日本/143分

あらすじ

岡山と兵庫の県境に位置する寒村、鬼首村(おにこうべむら、通常は詰まって「おにこべむら」と発音される)を舞台に、村に伝わる手毬唄の歌詞になぞらえて連続殺人が起こる。
旧知の磯川警部(若山富三郎)に招かれた金田一(石坂浩二)は、23年前にこの村で起きた殺人事件との関係を追うが‥‥。

出典:ポスターより

市川演出の巧みさ際立つ傑作

前年の『犬神家の一族』(1976年、レビューはこちらからどうぞ)のヒットを受けて東宝が放った第二弾。
おどろおどろしいタイトルの響きと美しい音楽。事件の悪魔的な陰惨さと登場人物たちが見せるちょっとした人間味。それらの絶妙なバランスが高く評価され、金田一耕助シリーズの人気を決定づけたと言われる作品です。

23年前の事件を追い続けている磯川警部が、鬼首村のとある温泉宿に金田一を招くところから本作は始まります。その宿を営んでいる青池リカ(岸惠子)は23年前の事件の被害者の妻で、以来彼女は再婚もせず、女手ひとつで宿の切り盛りをしているのでした。

物語序盤、隣村との村境の峠道で、金田一は腰の曲がった老婆とすれ違います。夕暮れ時で、さらに頬被り(ほっかむり)をしているため老婆の顔は見えないのですが、小さな小さな老婆がやっとのことで杖を頼りに峠を越えてきた、と誰もが思ってしまいます。そういうふうにこのシーンは撮られていて、金田一も老婆のおぼつかない足下を心配して振り返るのですが‥‥。

この老婆の登場が号砲となって、鬼首村に連続殺人の嵐が吹き荒れることになるのです。

難解な事件が解決に向かうきっかけとなったのは、宿の机に置かれたみかんが鏡に映って二つあるように見えたこと。それに気づいた瞬間、金田一が猛然と髪の毛を掻きむしるのは、本シリーズのトレードマークのようになって、その後も長く愛され続けているこの探偵のお決まりの仕草ですね。
本作の場合は、別々の人物と思われていた2人が実は同一人物だったのでは、と気づく場面です。

そこから推理は進み、すべてが始まる前、あの夕暮れの峠道で自分は犯人とすれ違っていたのだ、と金田一は知ることになるのですが‥‥。

謎解きにつながってしまうのでこれ以上書きませんが、そうしたエピソードの数々をパズルのピースのように絶妙なさじ加減で配置して、おどろおどろしくて物悲しい横溝正史ワールドを構築していく巧みの技こそ、本作の最大の見どころと言えるのかもしれません。

監督はもちろん、『木枯し紋次郎』(1972年〜)でテレビの時代劇に新風を吹き込んだ名匠、市川崑。脚本の「久里子亭」はアガサ・クリスティーをもじった彼のペンネームですから、実際には市川崑の脚本・監督作品というわけです。

本作では、東映ヤクザ映画で人気絶頂だった若山富三郎に実直温厚な田舎の老警部を演じさせ、パリから呼び寄せた岸惠子をひなびた温泉宿の女将に起用するなど、意表を突いた配役でも観客を楽しませています。特に後者の伸びやかでいかにも西欧的なスタイル(いつも和服姿ですが首がすごく長いです)は、この時代設定の日本家屋のセットに収まりきらず、ある種不協和音のような、軽い違和感を常に観る者に与え続け、この物語のベーストーンを形作ります。

最後に、大好きなラストシーンについて。

事件が解決して東京へ帰る金田一を、磯川警部が総社駅のホームで見送ります。
汽車に乗り込んだ金田一が「リカさん(岸惠子)を、愛してらしたんですね」と声をかけるのですが、磯川は答えません。

汽車は動き出し、カットが変わってプラットホームの縦位置のヒキの画像となります。これがラストカットなのですが、手前のホームの柱には駅名表示の看板があり、「そうじゃ」とひらがなで表記してあります。

これが磯川の心の声を表しているようで、哀しい事件のあとに少しだけほんわかとした余韻を残して、エンドロールを迎えることになります。
市川崑は後に、これはまったくの偶然だと語った‥‥と伝わりますが、果たして言葉通りに受け取るべきでしょうか?

事件の陰惨さ悲惨さに終始することなく、こうした人生のちょっとした「おかしみ」を描くことも忘れなかった市川演出の巧みさ。
音楽の素晴らしさと並ぶ、本シリーズの人気の所以という気がします。

© 1977 東宝

☆八つ墓村

  • 『八つ墓村』
  • 脚本
    橋本忍
  • 監督
    野村芳太郎
  • 主な出演
    萩原健一/小川眞由美/山﨑努/山本陽子/市原悦子/渥美清
  • 1977年/日本/151分

あらすじ

都会の空港で忙しく働く寺田辰弥(萩原健一)は、ひょんなことから自分の本当の出自を知ることになる。母が何も告げずに亡くなったため、自分がとある山村の名家の跡取りであることを彼は知らなかったのだ。
迎えに来てくれた親戚筋の森美也子(小川眞由美)の案内で、辰弥は生まれてすぐ後にしたという、生まれ故郷の土を初めて踏んだ。

その村は、八つ墓村という。

美也子によれば、村名のいわれは、戦国時代の村人たちによる8人の落武者惨殺事件。
褒賞に目がくらんで落武者たちを騙し討ちした村の首謀者は、辰弥が後を継ぐべき名家の初代当主だった。

それ以来、落武者たちの祟り(たたり)と言われる忌まわしい事件が、村の歴史に刻まれている。
28年前に辰弥の父が起こした村人32人虐殺事件も、そのひとつだった。
そしていま、辰弥の帰郷を待っていたかのように、恐ろしい事件が再び起き始める‥‥。

出典:DVDパッケージより

黄金コンビが放つ異色の金田一もの

祟り(たたり)じゃあ〜、という劇中のフレーズが流行語にもなった当時の大ヒット作です。
ライバル東宝の市川崑監督シリーズよりも一足早く、1975年に制作発表されましたが、公開は大幅に遅れて、ライバルの第2弾『悪魔の手毬唄』と同年の1977年となりました。

橋本忍・野村芳太郎という名作『砂の器』(1974年)の黄金コンビが、実に2年3ヶ月の制作期間をかけた異色のミステリーというわけです。

何が異色かといえば、まず主人公が金田一ではありません。
そもそも原作が、事件後に金田一に薦められて辰弥が書いた手記、という体裁をとっているのを踏襲した形になっているのですが‥‥、その金田一を演じているのが、まさかの渥美清です(何がといって、これが一番異色感が強いかもしれませんね)。

しかもこの金田一、和服に袴という我々がよく知るお決まりの服装ではなく、洋装なんですね。それでやたらとフットワークが軽く、事件の背景を探るためにあちこちを飛び回るのですが、まるで頭のいい寅さんが文化人類学のフィールドワークをやってるような、妙に呑気でアカデミックな雰囲気が漂います(まあ、調べている内容が家系や伝承などですから、仕方がないのかもしれませんが)。

さらに異色なのは、事件の謎解きがほとんどなく(この点については、鑑賞された方は理由がおわかりでしょう)、終盤のクライマックスがほとんど洞窟の暗闇の中で描かれる、という部分でしょう。

『砂の器』といえば、クライマックスで描かれる親子の道行(みちゆき)シーンが日本中の涙を誘いました。
父が患った病に対するいわれなき差別。
そこから逃れるために、親子は旅を続けるしかなかった‥‥。

黄金コンビは、この手法を本作にも取り入れたんですね。言ってみれば、辰弥と美也子の道行(みちゆき)です。

しかし、かの作品では里山から海岸へ、四季折々の日本の美しい情景が繰り広げられるのに対して、本作では‥‥、如何せん洞窟の中です。歩いても歩いても、場所が変わった感じがあまりしないんですね。洞窟だから、どこまで行っても岩と土。それも暗闇でよく見えない‥‥。仕方のないことではあるのですが、これが洞窟の一番の欠点かと。

俳優陣の熱演ぶりは、主演の2人を筆頭に目を見張るものがあるだけに、なおさらそんな異色感が際立つ本作です。
そしてその異色感ゆえ、横溝正史ミステリーを語る上で、本作は外すべからざる1本となったのです。

かの作品では見事にハマったと言える黄金コンビの脚色や演出手法の数々が、本作ではひたすら異色感を際立たせている。その理由は、どこにあるのでしょうか?

このオカルト風味満載の異端ともいうべき金田一ものに触れて、横溝正史と松本清張(『砂の器』の原作は、社会派推理小説ブームを巻き起こした松本清張の長編推理小説です)の作品世界の違いに、思いを馳せてみる。それもまた、一興と言えるのかもしれません。

©︎ 1977 松竹

☆獄門島

  • 『獄門島』
  • 脚本
    日高 真也/市川崑
  • 監督
    市川崑
  • 主な出演
    石坂浩二/司葉子/大原麗子/草笛光子/太地喜和子/東野英治郎/佐分利信
  • 1977年/日本/141分

あらすじ

昭和20年9月、戦地からの引き揚げ船の中で死亡した鬼頭千万太の遺書を友人から預かった金田一は、獄門島と呼ばれる瀬戸内海の孤島を訪れる。
おれが帰ってやらないと、三人の妹たちが殺される。そう言い残した千万太の遺書を、千光寺の和尚・了然(佐分利信)に届けるためだった。

封建的な古い因習の中で、本鬼頭(ほんきとう)と分鬼頭(わけきとう)という二つの網元が対立する獄門島。その本鬼頭の月代、雪枝、花子の三姉妹は千万太の腹違いの妹で、いまは精神を病んで座敷牢に入れられている当主の与三松が後妻のお小夜(草笛光子)に生ませた子供たちだが、千万太の亡祖父・嘉右衛門(東野英治郎)はこの3人を認めていなかった。

そして千万太の通夜が行われた日から、俳句に見立てた連続殺人が起き始めるのだった‥‥。

出典:DVDパッケージより

華やかな死体が物語る人の業の深さ

なんとも恐ろしい呼び名の島があったものです。
「獄門」の意味を調べると、江戸時代の死刑のひとつとのこと(ちなみに、江戸時代には死刑が6種類もあったそうで、それもまたひどく恐ろしいことではありますが)。首をはねたあとに「獄門台」に並べて晒しものにする刑で、「晒し首」とも言うそうです。

古くから瀬戸内海を荒らした海賊の島で、江戸時代には流人の処刑地として使われたため、この島に住む人のほとんどが海賊か流人の子孫である。
そして、いつしか付いた名前が、獄門島‥‥。

そんな島の説明から、本作は始まります。

そしてまず度肝を抜かれるのは、兄である千万太の通夜に色鮮やかな晴れ着で参加する三姉妹の、けたたましく、なんの屈託もない白痴美。
そんな三姉妹があれよあれよという間に死んでいくのですが、その死体は三者三様、三つの俳句に見立てて美しく飾り付けられているというのですから、これぞ全開、フルスロットルの横溝正史ワールド。

かつて島の独裁者だった祖父・嘉右衛門の狂った好色ぶり。
その息子・与三松は発狂して座敷牢の中。
了然が残した「きちがいじゃが仕方がない」という謎の言葉。
旅芸人の身分からこの家に入り込み、三姉妹を儲けたお小夜の、狂気と紙一重の執念。

どれをとっても引っ掛かることだらけで、つまるところ、因果はめぐる糸車‥‥。
親の因果が子に報い‥‥。
哀れなるかな、三姉妹‥‥。

歌舞伎の『娘道成寺』をオハコにしていたお小夜でしたが、三姉妹の殺害はまるでこの演目へのオマージュです。
最初の被害者である花子は『娘道成寺』に出てくる白拍子(男装の舞子)の名前ですし、次の被害者雪枝の死体は、その白拍子が飛び込んだ釣鐘の中で発見され、もうひとりの月代は白拍子の衣装で殺されました。

『娘道成寺』では、釣鐘に飛び込んだ白拍子が恐ろしい大蛇に姿を変え、安珍・清姫伝説の清姫の化身であったという筋書きなのですが‥‥、本作では戦時中供出していた千光寺の釣鐘が鋳つぶされずに戻ってきたことが事件の引き金となり、芝居小屋に残されていた張りぼての釣鐘がトリックに使われます。

そして、『砂の器』の女性版ともいうべき、病身の母との巡礼の旅を経て、母亡き後に行き倒れたところを了然和尚に拾われた勝野(演じているのは司葉子)の数奇な人生。

分家の身ながら、三姉妹の親代わりとなり、健気に本鬼頭を切り盛りする早苗(大原麗子)の鬱屈した人生。さらに、シリーズで唯一描かれる、金田一と早苗のごくごく淡い恋模様‥‥。

などなどのエピソードを盛り込んで、古い因襲に縛られた孤島の無惨な事件の中に、人々の業の深さをあぶり出していくかのような展開が見事です。

国内ミステリー作品の最高峰との呼び声も高い原作小説とは、あえて違う犯人を設定して挑んだ本作。そこに市川崑の作り手としての意地を見るようで、鑑賞後にはある種清々しい余韻さえ感じます。

©︎ 1977 東宝

☆病院坂の首縊りの家

  • 『病院坂の首縊りの家』
  • 脚本
    日高 真也/市川崑
  • 監督
    市川崑
  • 主な出演
    石坂浩二/草刈正雄/佐久間良子/桜田淳子/萩尾みどり/あおい輝彦/小沢栄太郎
  • 1979年/日本/139分

あらすじ

パスポートの写真を撮るためにとある写真館を訪れた金田一は、謎めいた女性(桜田淳子)が風変わりな撮影を依頼するのを目撃する。病院坂の空き家になった洋館で、深夜に結婚写真を撮って欲しいというのだ。

後日、写真館のアシスタントである黙太郎(草刈正雄)に付き添ってその洋館を訪ねた金田一は、天井から吊り下げられた男の生首を発見する。

洋館の持ち主・法眼弥生(佐久間良子)には由香利(桜田淳子)という娘があり、なぜかあの晩出張撮影を依頼しに来た女性と瓜二つなのだった‥‥。

出典:DVDパッケージよ

人は結局過去から逃れられないのか

人は誰しも、忘れたい過去のひとつや二つはあるものだと思いますが、こちらがどんなに忘れたくても、過去の方で忘れてくれないという場合は、どうしたらいいのでしょうか?
本作を観ると、ついそんなことを考えてしまいます。

金田一がこの写真館(本條写真館といいます)を選んだのは、旧知の作家から紹介されたからなのですが、金田一が探偵と知るや、写真館の主人・本條徳兵衛(小沢栄太郎)は金田一にある調査を依頼します。自分は命を狙われているような気がするので、調べて欲しいというのです。

そうして本條写真館に出入りするようになった金田一は、偶然あの風鈴のように吊るされた生首を発見し、こちらの事件にも関わっていくことになります(この事件は、警察によって「生首風鈴殺人事件」と命名されました)。

生首の主は山内敏男(あおい輝彦)といい、米軍キャンプなどで演奏活動をしているバンドマンです。
舞台となった病院坂の空き家は、地元では「首縊りの家」と呼ばれていますが、それは終戦の翌年に山内冬子(萩尾みどり)という女性がこの家で首をくくって死んだためです。

敏男は冬子の息子であり、親子2代にわたってこの家で首を‥‥ということになるのですが、事態はもっと複雑で、2人は血のつながりのない親子(亡き夫の連れ子)。夫の死後冬子はある人物の愛人になり、その人の子を産むのですが、これは敏男から見れば血のつながっていない妹で、名前は小雪(桜田淳子)。2人は同じバンドに所属していました。

小雪の父親、つまり冬子の愛人だった男は法眼琢也。法眼弥生の夫にして、ひとり娘由香利の父親です。
しかし、小雪と由香利が瓜二つなのは、父親が同じという理由だけではありませんでした。
冬子は、かつて弥生が産んで、すぐに里子に出さなければいけなかった可哀想な子。
つまり、由香利は弥生の娘であり、小雪は弥生の孫だったのです。

ああ、なんとややこしい話でしょうか。
しかも、これらのことがすべて偶然に起こったというのですから、運命というものは、少し悪戯が過ぎるのではないかと、言いたくなってしまいます。

ところで、そんなもつれにもつれた過去をひとつずつ解きほぐしていく作業を、金田一のアシスタントのように手伝う人物が出てきます。若き日の草刈正雄が演じている写真館の黙太郎は、探偵業にも興味津々な好青年で、本作のいわばコメディー・リリーフ的存在。いい味を出しています。

そして、ヒロインとして二役を演じた桜田淳子の芝居は、アイドル歌手としては出色のでき。運命に翻弄されるヒロインの心の揺れを繊細に、過不足なく表現して、物語をぐっと引き締める役割を果たして見事です。

運命に翻弄され、過去と向き合いながら‥‥、人は皆、自分の人生を生きていきます。自分の行為は確かに自分が選択した結果に違いないのですが、ふと振り返ると、何かに選ばされたと思えることも。何かの力に導かれてこの場所にたどり着いたと、そんな気がする瞬間があるのも、また事実です。

最初に金田一に調査を依頼した写真館の徳兵衛も、過去から逃れられない人生で、この事件の核心に深く関わっていました。
最終的には5人が命を落とすことになる痛ましい事件。何かの力に導かれてと、そんな気がしてくる展開は、さすがの横溝正史ワールドです。

さて、その横溝正史、本作のトップシーンに登場しています。
冒頭で金田一にこの本條写真館を紹介する作家として、海外へ旅に出ようと決めた金田一が挨拶に来たという設定で、奥さんともどもご本人が出演されているのはご愛嬌。

ラストシーンも再びこの作家邸です。
事件解決後すぐに海外へ旅立った金田一に代わって、作家を訪ねたのはなんとあの黙太郎でした。その場で金田一からの手紙が紹介されたりして、和やかな歓談が続くうちに全編の終了と相成ります。

本シリーズがこれで幕を閉じることは決まっていたのですが、だからこそ最後の金田一の姿をあえて見せず、それぞれの想像に委ねた粋なラストは、いかにも市川崑らしい去り際といいますか、さよならと言わないさよなら的な‥‥、必見のラストと言えるでしょう(2006年に角川映画30周年記念作品として市川・石坂コンビによる『犬神家の一族』がリメイクされていますが、その例外を除けば、本作がシリーズ最終作となります)。

©︎ 1979 東宝

☆犬神家の一族

  • 『犬神家の一族』
  • 脚本
    長田紀生/日高真也/市川崑
  • 監督
    市川崑
  • 主な出演
    石坂浩二/島田陽子/あおい輝彦/坂口良子/草笛光子/三条美紀/高峰三枝子
  • 1976年/日本/146分

あらすじ

舞台は終戦間もない昭和20年代の日本。
信州財界の大物・犬神佐兵衛(いぬがみさへえ)が娘たちに看取られながら他界する。正妻を置かなかった佐兵衛には別々の母親から生まれた娘が3人おり、皆婿養子を取り、それぞれに息子を儲けていた。

佐兵衛の莫大な遺産の行方を記した遺言状は、一族全員が揃った場で犬神家の顧問弁護士により発表されることとなっていたが、折もおり、長女・松子の息子である佐清(すけきよ)が戦地から復員したとの知らせが入る。
これで、一族全員が揃ったのだ。

いよいよ遺言状の中身が明らかになるというその日、ひょんな成り行きから同席することになった探偵の金田一耕助と犬神家の一族の前に、戦地で負った傷を隠すためと、覆面で顔を覆った佐清が現れる。
騒然となる一同。

そして遺言状が読み上げられ、次の日から凄惨な殺人事件が繰り広げられていく‥‥。

出典:DVDパッケージより

日本ミステリー映画の金字塔

さて、横溝文学の中で最も多く映像化された小説は何かと問われれば、大方の答えが『犬神家の一族』となることは想像に難くありません。多くの人にとって、この作品は横溝正史の代名詞であり、金田一耕助という探偵を世に送り出す契機となった事件はといえば、この犬神家の遺産をめぐる連続殺人に他ならないのです。

2024年4月の時点では、この小説から3本の映画と8本のテレビドラマが制作されたことが記録されていますが、このことからも、この原作がいかに多くの支持を集めているかがわかります(ちなみに、これに次いで映像化の数が多い作品は、『八つ墓村』の映画3本とテレビドラマ7本。第3位は『悪魔の手毬唄』で、映画2本とテレビドラマ6本となっています)。

こんな調査もありました。
あるメディアが2018年に実施した「あなたの好きな金田一耕助作品」というアンケートでは、第1位が『犬神家の一族』、第2位はやはり『八つ墓村』、そして第3位は『獄門島』だったそうです。

これほどまでに定着した『犬神家の一族』の人気ですが、ここで紹介する市川崑・石坂浩二コンビによる1976年の劇場映画がなければ、はたしてどうなっていたでしょう‥‥というのが、モリゾッチの主張したいところではあります。

間違いなく「日本ミステリー映画の金字塔」と誰もが認める本作の出来映えゆえに、原作者と原作小説の人気に火がつき、さらにはミステリーというジャンル自体がまばゆいスポットライトを浴びることになった。それは日本の映画界と出版業界にとって、非常に大きな出来事だった。
そう言っていいと、モリゾッチは思います。

「横溝正史ミステリー映画5選」と銘打って、選んだ5作のうち4作が市川・石坂コンビの作品というこの偏ったチョイスにも、このシリーズがなければそれ以降の映像化作品もなかったのでは‥‥という個人的な意見と、このシリーズを超えるものは未だ見たことがない‥‥という個人的な感想が、色濃く反映されていることは確かです(あくまで個人の感想です。多様な意見と感想で、世界は成り立っています)。

というわけで、「日本ミステリー映画の金字塔」たる本作の絶大な魅力については、以下の記事をぜひご参照ください。
『犬神家の一族』レビュー☆あまりに哀しき思い込み

最近のSNSなどでは、おそらくは配信か何かで本作を初めて観た若い映画ファンが、この時代の映画ってクオリティめっちゃ高くて驚いた、などと感想をアップしているのを見かけることがあります。この時代のすべてが高品質ではないのですが、本作についてはご明察の通り。そう、コメントしたくなってしまいます(シャイなので、心の中でコメントしているだけですが)。

やはり、名匠と謳われる監督のセンスに負うところが大きいとは思いますが、事件の様相は極めて陰惨に描きつつ、それと隣り合わせの日常を丁寧に、人間に対する愛情たっぷりに(ときにはユーモラスに)描くことを忘れなかった匠の技‥‥。

それによって、事件がいっそう悲しく、儚く、観る者の胸に迫ってくる。
そんな気がします。

大野雄二、村井邦彦、田辺信一という各氏によるシリーズの音楽もまた素晴らしく、美しい調べが事件の悲哀と拮抗して、おどろおどろしい緊張感で作品を包み込むことに成功していました。

そして個性的な俳優陣による達者な演技が、「この時代の映画って‥‥」と若い人に言わせる大きな要素であることは、論を待ちません。
主演の石坂浩二の魅力はもちろんのこと、加藤武、大滝秀治、三木のり平、草笛光子ら、複数の作品でシリーズを支えた脇役たちの力量は、やはり「この時代」ならではのものだった気がします。

俳優陣といえば、本作で野々宮珠世(ののみやたまよ)を演じた島田陽子の清楚な美しさはシリーズ随一。「歴代の珠世の中で島田陽子が最強」との説は色々なところで目にしましたが、本当にそうだなと、今にして思います。

このシリーズを超えるものは未だ見たことがない‥‥というモリゾッチの個人的な感想には、そのことが少なからず影響しているかもしれません。

© 1976 KADOKAWA

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モリゾッチ

モリゾッチ

10代からの映画熱が高じて、映像コンテンツ業界で20年ほど仕事していました。妻モリコッチ、息子モリオッチとの3人暮らしをこよなく愛する平凡な家庭人でもあります。そんな管理人が、人生を豊かにしてくれる映画の魅力、作品や見どころについて語ります。

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