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『アメリカン・ハッスル』レビュー☆嘘つきは苦難の始まり
実話をベースにした詐欺師とFBI捜査官の物語です。全10部門にノミネートされた第86回アカデミー賞では無冠に終わりましたが、ゴールデングローブ賞映画部門作品賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞しました。
- 『アメリカン・ハッスル』
- 脚本
デヴィッド・O・ラッセル/エリック・ウォーレン・シンガー - 監督
デヴィッド・O・ラッセル - 主な出演
クリスチャン・ベール/ブラッドリー・クーパー/エイミー・アダムス/ジェレミー・レナー/ジェニファー・ローレンス/ロバート・デ・ニーロ - 2013年/アメリカ/138分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
ガラス屋の息子として生まれたアーヴィン(クリスチャン・ベール)は、父が馬鹿正直な商売で苦労するのを見て育ち、父のようにはなるまいと心に決めていた。
ずるい手口でガラス屋を大きくし、クリーニング業にも手を広げ、贋作の絵画も売った。
彼の目標は完全無欠の詐欺師になることだった。
自分の境遇から成り上がり優雅な暮らしを手にするには、それしか方法がない。
彼はそう考えていた。
友人のパーティーで知り合った愛人のシドニー(エイミー・アダムス)には、自分と同じ匂いがした。彼女もまた、不遇な生い立ちながら、自分とは違う何者かになることを夢見て努力を惜しまない人間だった。そして頭が良く、人を見る目が確かだった。
アーヴィンはシドニーと組んで、慎重に構想を練った融資詐欺を実行に移すことにした。自分と同じように上昇志向が強くしっかり者のシドニーは頼もしい相棒だった。
2人は息もぴったりで、「ビジネス」は順調。倍々ゲームで収入は伸びていった。2人は人生の絶頂を極めていた。
だが、そんな2人を落とし穴が待ち受けていた。
ある日2人はFBIのおとり捜査に引っ掛かる。客だと思っていた男は、FBIの捜査官リッチー(ブラッドリー・クーパー)だったのだ。
リッチーは2人に負けず劣らず上昇志向が強かった。小物詐欺師の逮捕では満足できず、アーヴィンに司法取引を持ちかけた。あと4人詐欺師を逮捕したら2人を放免すると約束したのだ。
アーヴィンは架空のアラブの首長を餌に詐欺師たちをおびき寄せるが、詐欺師たちはカジノ建設のために資金を欲しがっているニュージャージー州のカーマイン市長(ジェレミー・レナー)に融資話を持っていくべきだと提案する。
それを聞いたリッチーは即座に作戦を変更する。4人の詐欺師から政治家にターゲットを変えたのだ。アーヴィンは話が大きくなっていくことに抵抗するが、彼に拒否権はなかった。
カーマイン市長を信用させるため夫婦の会食には妻ロザリン(ジェニファー・ローレンス)を連れて行った。普段から情緒不安定で何を言い出すかわからない妻を心配したが、市長はお喋りで開放的な性格のロザリンを気に入った。
そして市長の肝入りで、アラブの首長を招いて盛大なパーティが開かれた。メキシコ人のFBI捜査官に首長の扮装をさせて参加したアーヴィンたちだったが、そこには全米のカジノ経営者が招かれ、大物マフィア・テレジオ(ロバート・デ・ニーロ)の姿もあった。
話が大きくなりすぎていることにビビるアーヴィンやリッチーを尻目に、ロザリンはなぜかマフィアの席へ乗り込んでいく‥‥。
愛人シドニーの存在を知って暴走を始めた、アーヴィンの妻ロザリン。
シドニーもまた、そんなロザリンとアーヴィン夫婦を複雑な気持ちで見ていた。
そしてアーヴィンは、カーマイン市長を騙すことに胸の痛みを感じ始めていたのだった‥‥。
☆20㎏太ったクリスチャン・ベール
トップカットは、ブヨブヨに膨れた醜い中年男の腹から始まります。
カメラがゆっくり引いてくると、男は鏡に向かって髪を整えているのですが、その髪たるや実に哀れな状態で、つるっ禿げの頭頂部に慎重に接着剤でウィッグを貼り付け、その上に自分の側頭部の髪をそーっと載せて絡ませて、いかにも不自然な一九分けがなんとか完成します。
この情けない中年男こそ本作の主人公アーヴィン・ローゼンフェルドなのですが‥‥、冒頭で述べたようにこの人物にはモデルがあり、それはメル・ワインバーグという名の実在の詐欺師でした。
1978年に彼と愛人のエブリン・ナイトがFBIと手を組み、ニュージャージー州アトランティックシティのカジノ建設に絡んで実行した作戦は、地元の市長だけでなく、何人もの政府高官や政治家を巻き込んだ収賄スキャンダルに発展していきます。後に「アブスキャム事件」と呼ばれることになるこの一連のスキャンダルは、アメリカの歴史で初めて政府高官や政治家が賄賂を受け取る様子をビデオに撮影したことで知られています。
30人以上の政治家が捜査対象になった本件では、FBIによる捜査のあり方、その倫理的な側面について、多くの論争が巻き起こったことも記録されています。しかし、有能な弁護士たちによるFBIへの非難と批判をもってしても、賄賂を受け取った事実の(そして証拠として提出されたビデオの)重みは如何ともし難く、結局市長のほか6名の下院議員、1名の上院議員、さらにニュージャージ州の地方議員や移民帰化局の役人らが有罪判決を受けることになりました。
さて、そんな希代の詐欺師を演じるクリスチャン・ベール。
『ダークナイト・トリロジー』(2005年〜2012年のクリストファー・ノーラン監督によるシリーズ)のバットマンを演じた印象が強烈ですが、以前から役によって自分の見た目を変幻自在に変えることから「カメレオン俳優」と呼ばれています。
本作の場合は約20㎏の増量を果たして、極めてリアルな醜いメタボ体型を披露しています。
ちなみに、20㎏の増量が肉体にとってどれくらいの負担になるかというと‥‥。
最近の例としては横綱照ノ富士のケースがあります。
膝の怪我で3場所連続休場中だった照ノ富士、3月開催の春場所での土俵復帰に向け、(療養中に落としていた体重を)力士としてのベスト体重目指して約20㎏増量しました。しかし急激な体重増加によって糖尿病が悪化。その結果、春場所での土俵復帰は叶いませんでした(この記事は2023年4月30日に書いています)。
横綱照ノ富士には、早く体調を万全なものにして土俵に帰ってきてほしいと思います。
そしてクリスチャン・ベールには体重の増減もほどほどに、健康を損なわない程度にと願うばかりです。
ちなみついでにこのクリスチャン、本作の少しあとに、アメリカ史上最も権力をもった副大統領と言われたディック・チェイニーを演じた『バイス』(2018年、レビュー記事はこちら)で、約18㎏の増量に再挑戦しました。
その際、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017年)で第90回アカデミー主演男優賞を受賞したゲイリー・オールドマンと、体重増減の苦労について語り合おうとしたところ、すべてメイクで体重は増やしていない、と言われて愕然としたそうです(「クリスチャン・ベールがカメレオン俳優と呼ばれる所以」より)。
この特殊メイクを担当したのは日本出身の辻一弘さんで、辻さんも同アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝きました。確かゲイリーは、辻さんがメイクを担当することを条件に、この作品のオファーを受けたのでした。
うーん。考えさせられる話です。
☆セクシーな魅力が全開、エイミー・アダムス
愛人シドニーを演じたエイミー・アダムス。
ディズニー映画『魔法にかけられて』(2007年)を思い浮かべる方は多いと思います。『マン・オブ・スティール』(2013年)以降のシリーズでは、クラーク・ケント(スーパーマン)の恋人ロイス・レインとしてすっかりお馴染みになりました。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』(2016年)で演じた凛とした言語学者も記憶に新しいところですが、前述した『バイス』(2018年、レビュー記事はこちら)ではディック・チェイニーの妻を演じて、再びクリスチャン・ベールと息の合った掛け合いを見せています。
本作ではセクシーな魅力を全開させながら、アーヴィンとの満たされない関係に揺れるシドニーの心情を絶妙なタッチで浮かび上がらせ、女優としての奥行きを感じさせます。
リッチーから司法取引を持ちかけられた当初、彼女は2人で逃げることをアーヴィンに提案します。どこか別の土地へ行って、別の人間になって、2人ならきっとやっていける‥‥。そう考えたというより、まるでずっと前からそう願っていたかのような彼女の表情が印象的です。
しかしアーヴィンは取り合いません。彼には妻も子もあるのですが、妻とは別れても平気だが息子とは離れられない、という理由です。
シドニーはショックを受けます。正直、彼からもう少し愛されてると思っていたのです。彼は私より息子の方が大事なのだ。そのことに、彼女はひどく傷ついてしまいます。
結局司法取引に応じることになった2人ですが、行動は共にしながら交際は解消したような形になってしまいます。シドニーは露骨にリッチーを誘惑し始め、アーヴィンは苦々しくそれを見る日々。
そんな中で、カーマイン市長夫妻との会食にアーヴィンが妻のロザリンを連れていくということになりますが、そのことも大いにシドニーを刺激します。
その夜、彼女はリッチーを誘いクラブでひたすら踊り狂います。酒も入り盛り上がった2人は、トイレの個室に駆け込み抱き合います。
シドニーは、しかしそこで、一線を越えることを躊躇います。
「この愛が本物になるまで待ちましょう」
すっかりその気になったリッチーを制して、彼女は言います。
「もうフェイクはイヤなの」
フェイクはイヤだと訴える彼女の迫力に気押されるように、リッチーは無言でトイレから出ていきます。個室にひとり残ったシドニーは、天を仰いで絶叫します。
実はこれより前にも、作戦の途中で2人きりになったシドニーとリッチーがいい感じになる場面がありました。シドニーがリッチーを誘惑し始めた頃です。実はリッチーは以前からシドニーに興味津々でしたし、シドニーはこのとき明らかに一線を越えようとしていました。
しかし、このときはリッチーが途中で思いとどまります。
シドニーが彼を誘惑したのは単にアーヴィンへの当てつけ、ということもありますが、司法取引を有利に運ぶべく彼を籠絡(ろうらく)する意図もあったと思われます。
一方のリッチーは、まだ自分の仕事が大きなヤマに向かい始めたばかり。しくじるわけにはいかないところです。彼女とそうなってアーヴィンとの関係が壊れてしまっては‥‥、と冷静な判断が働いたのかもしれません。
この場面、リッチーが去った部屋にひとり残ったシドニーは、なんとも哀れな虚しい表情を見せます。自分はいったい何をしているのか。うつろな目が、そう問いかけているかのようでした。
もうフェイクはイヤなの、とシドニーが言うとき、それは息子ほどにも愛されていなかったアーヴィンとの関係のことなのか、誘惑する目的で始まったリッチーとの関係を意味しているのか‥‥。いや、トイレでの絶叫を聞けば、いままでの自分の人生すべてを指して、もうフェイクはイヤだと(心の中で)叫んでいるのかもしれない。
そんなことを感じさせられます。
「事件」を描いた物語の中にあって、「心情」がぐっとクローズアップされ、心揺さぶられるシーンになりました。
☆イカれた危険な男、ブラッドリー・クーパー
FBI捜査官でありながら、プロの詐欺師である2人よりもクズに見えるリッチーを楽しそうに演じているのは、ブラッドリー・クーパー。
テレビシリーズでキャリアをスタートさせた役者ですが、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009年)の主演でブレイク。
本作のデヴィッド・O・ラッセル監督と組んだ『世界にひとつのプレイブック』(2012年)では商業的にも成功を収め、この作品は第85回アカデミー賞で8部門にノミネートされました(ちなみに、このときブラッドリーは主演男優賞を逃しましたが、相手役のジェニファー・ローレンスが主演女優賞に輝いています)。
本作のあとは、ブロードウェイで『エレファント・マン』の主演に挑戦したかと思えば、アライグマの姿をしたスーパーヒーロー・ロケットの声として『アベンジャーズ』シリーズにも参加。
レディー・ガガを引っ張り出した『アリー/スター誕生』(2018年)では主演兼初監督が話題となり、『アメリカン・スナイパー』(2014年)や『運び屋』(2018年)でクリント・イーストウッド監督の仕事もこなすなど、活躍の場を広げています。
本作もそうですがプロデューサーを兼ねることも多く、まさに多才で多彩な仕事ぶりを見せているのが近年のブラッドリー・クーパーと言えるでしょう。
本作で彼が演じているリッチーも、アーヴィンやシドニーと同じ穴の狢(むじな)。自分の現状に満足することができず、もがき続けている男です。
小さなアパートに年老いた母と2人で住んで、とても地味で暗い婚約者がいます。しかし、そういう暮らしにまったく満足していません。
毎晩髪をカーラーで巻いて、クルクルの天然パーマに見せかけ、別の自分を演じようとしています。FBIの下っ端で終わる気はさらさらなく、大きな手柄を立てて組織の中で成り上がることを夢見ているのです。
そのためにおとり捜査でアーヴィンたちを引っ掛け、彼らを使って大きなヤマを自ら作り出そうとするのですが‥‥。
アラブのオイルマネーによる巨額融資を信じ込ませるために見せ金として税金を投入し、本気にした市長にカジノ実現に向けて協力してくれる政治家や役人を紹介させ、賄賂をばら撒く。いったいどちらが法を犯しているのか、わからなくなってきます。
FBIのリッチーの上司はそんな作戦に猛反対。ルイ・C・Kが演じるこの上司とのやり取りは何度も出てきますが、毎回楽しめます。最後にはイカれたリッチーが上司をボコボコにしてしまい、上司はさらに上の人に被害を訴えて‥‥、結局この上の人の判断で、リッチーの作戦はゴーということになるのですが‥‥。
市長を欺くことに良心の呵責を覚え始めるアーヴィンとは対照的に、そして、もうフェイクはイヤなの、と「本物」を求め始めるシドニーとも対照的に、リッチーはあくまでフェイクに徹して自分の目的を成し遂げようとします。
急な下り坂を転げ落ちるブレーキの壊れたオンボロ自転車のように危険な男。ブラッドリー・クーパーの達者な演技が、そんなリッチーのイカれた危うい生き様を活写します。
☆ジェニファー・ローレンスの年齢離れした怪演
イカれた危うい人物ということでいえば、この人も負けていません。
そう。アーヴィンの妻ロザリンのジェニファー・ローレンスです。この座組みの中でひとりだけずば抜けて若い、という印象をもった人も多いと思います。実際に本作公開時、彼女はまだ23歳でした。
ロザリンのモデルはメル・ワインバーグの妻マリーと言われますが、本物のマリーは事件当時50代だったようで‥‥。何がどうなったら半分以下の年齢の奥さんになるのやらと思ってしまいますが(まあ、物語上の年齢設定は30代くらいにしたのでしょうけど、それにしてもですね)、しかしこれが、観ていくにつれ次第に何の違和感も感じなくなります。それどころか中盤を迎える頃には、彼女を起用したわけをすっかり理解できるようになります。
まず登場シーン。
彼女は日焼けライトに当たりすぎて、顔を真っ赤に腫らしています。アーヴィンの留守中に日焼けライトから火が出て、危うく火事になるところだったと息子に暴露されます。アーヴィンから注意されると、あなたがいれば火が出てももっと早く気付いたはず、と責任転嫁。悪びれる様子はまったくありません。
自分の母親みたいに神秘的な女性だと思って結婚したが、単に情緒不安定なだけだった、というようなことをアーヴィンから言われる場面もあり、普段からなかなかクセ者ぶりを発揮している様子。
市長夫妻との会食の席では物怖じしないというか、空気を読まないというか、気持ちよく飲んで食べてしゃべって騒いで‥‥、結果市長からは気に入られてしまいます。
シドニーが夫の愛人であることに気づいた彼女が、家の掃除をしながら、ポール・マッカートニー&ウィングスの「007 死ぬのは奴らだ」を歌い踊りまくるシーンは強烈です。キレッキレの首振りダンスはロザリンの怒りの表現ですが、爆笑を誘います。
そして、大物マフィアのテーブルに乗り込んでいったあのパーティーの夜以来、予測不能なロザリンの暴走は止まりません。
マフィアの手下の男とデートするのはまだセーフだとしても(これだって、かなり、限りなくアウトに近いですけど)、あろうことかアーヴィンの作戦の話を口走ってしまうのです。アーヴィンが家の電話でリッチーたちと話すのを聴いていた彼女は、中途半端に事情を知っているのですね。でもそれをマフィアに言うのは、誰が考えても完全にアウトです。
なにしろ、アーヴィンたちの作戦は大物マフィアのテレジオをも欺き、政治家とマフィアの双方をお縄にしてしまおうというものだったのですから(もっとも、もともとこれにはアーヴィンは反対で、イカれたリッチーの暴走を止められないためにこういう事態に陥っているのですが。そしていま、もうひとりのイカれた人、ロザリンの暴走によって、ピンチが最大化するというわけです)。
案の定アーヴィンはマフィアに捕まり、殺されかけるのですが‥‥。
という展開も、ジェニファー・ローレンスの年齢離れした怪演あればこそ、と言いたくなります。この役には若すぎる彼女をあえて起用した判断は、間違いではなかったということでしょう。
『あの日、欲望の大地で』(2008年)に17歳で出演し、シャーリーズ・セロン、キム・ベイシンガーに負けない存在感を放ってから、『早熟のアイオワ』(2009年)、『ウィンターズ・ボーン』(2010年)などを経て、前述の『世界にひとつのプレイブック』(2012年)、『ハンガー・ゲーム』(2012年)とヒット作が続きました。
それに続く本作は、当時まさに乗りに乗っていたジェニファー・ローレンスの勢いを感じられる作品、と言えるのではないでしょうか。
☆見事な演技のアンサンブル、そして怒涛のラストへ急旋回
第86回のアカデミー賞では、ここまで述べてきた4人がそれぞれ主演男優と女優、助演男優と女優部門にノミネートされたのですから、本作の俳優陣に対する評価は非常に高かったということがわかります。
いま観返してみても、全員が受賞してもおかしくないと感じるほど、レベルの高い演技合戦が繰り広げられています。
この俳優4部門を含め10部門でノミネートされながら、本作がひとつのオスカーも獲れなかったことは実に不思議です。
さて、そのことと関係があるかどうかはわかりませんが、モリゾッチには本作について一点だけ惜しいなと思うところがありますので、最後にその話をしようと思います。
それは、見終わったあとのカタルシスが思いのほか少ない、という点です。
騙し騙され、マフィアも絡んだ予測不能な展開の中で、ベースになった事実という着地点に向けて物語は急旋回を試みます。それはおそらくデヴィッド・O・ラッセル監督が一番こだわり、一番苦心したところでもあると思うですが、本当に最後までどうなるかわからない、といういわば作り手としてのサービス精神は見上げたものながら、その分一般の観客はちょっとついて行きにくい。そういうところがあるように感じます。
どういうことなのか?
終盤の展開を見ていきましょう。
意に反して大物マフィアまで招待されていたパーティーをなんとか無事に(つまり、正体がバレずに)乗り切ったアーヴィンですが、話が大きくなりすぎて破綻するかもしれないと感じます。そしてシドニーに相談します。
「やっぱりあのとき、いっしょにどこかへ逃げてりゃよかった」
そして、こう続けます。
「君を取り戻したい。俺には君が必要だ」
司法取引に応じて以降2人の愛人関係は休止状態にあったわけですが、シドニーはちょうどこの直前に、リッチーとの関係は「本物」にはならないと悟ったばかりでした。寄り道をしたことで彼女は気づいたのです。自分が望んでいるのはアーヴィンとの愛が「本物」になること。そのことだけなのだ、と。
リッチーとFBIを出し抜いて、この修羅場をなんとか生き抜こう。
2人は手を握り合い、誓うのです。
そこから彼らの作戦は怒涛の進行を見せます。
たくさんの政治家に賄賂を渡し、それを隠しカメラと隠しマイクでビデオに収めます。ついには大物マフィアのテレジオにまで金が送金され、FBI内部は歓喜にわき返ります。
リッチーは天下を取ったような気分です。
その間にも、マフィアに殺されかけたアーヴィンがロザリンに文句を言うと、私だってあなたに愛されたかった、ほったらかしにされて寂しかったのよ、と小さい子供のように泣きわめくロザリン、と思っていたら不意に冷静になって、あなたは大人になって現実と向き合うべきよ、離婚した方がお互い幸せだわ、と妙にまともなことを言い出すとか‥‥。
ずっと騙していた市長の家を訪ね、これはおとり捜査なのだ、騙していてすまなかった、と誤りに行くアーヴィン。市長や家族からボロクソに文句を言われ、心臓の持病が悪化して転げ落ちるように家から出てきて倒れ込む彼を、シドニーが駆け寄り抱き起こす、などの名シーンが挿入されますが‥‥。
いったい誰がいつ誰を騙しているのかわからないまま進んでいき、ラストの直前で、唐突に物語はあの「アブスキャム事件」の事実に収束します。つまり、起訴されるのは政治家と役人のみで、最大の悪であるマフィアを起訴できなかったことで、リッチーは捜査チームを外され落胆の日々。
アーヴィンとシドニーは無罪放免となり、アーヴィンの息子を引き取って3人で暮らし、ロザリンはマフィアの手下のものへ‥‥。
もしも、この急転直下のエンディングの前に、たとえ短くてもアーヴィンとシドニーの2人のシーンがあったら。そこで、互いへの愛が「本物」になったと確信する2人の姿が描かれていれば。
2人にとって、嘘つきは苦難の始まりだったわけですが、嘘から始まった苦難を乗り越えた先で2人が手にしたのは「本物」の愛だった‥‥と、まあ、そんなふうに、「アブスキャム事件」を題材にした2人の愛の物語として、カタルシスを得られたような気がします。
それでは、いままでに観たことのある映画と何も変わらない。デヴィッド・O・ラッセル監督はそう考えたのかもしれません。
俺の作品から何かを得ようなんて思わないでくれ。ただ、役者たちの芝居を楽しんでくれりゃあいいのさ。まるでそんなふうに言っているかのような、本作の終わり方です。
そして、実際の監督の思いがどうであれ、モリゾッチは本作からこんなメッセージを感じ取らずにはいられません。
私たちの人生は、「本物」に巡り会うための長い道のり。その道中にあって、嘘つきは苦難の始まり。覚悟して進むべし。
ちなみに、本作のタイトル『アメリカン・ハッスル』の「ハッスル(hustle)」には、カタカナ英語としてお馴染みの「張り切る」とか「ハッスルする」という意味のほかに、名詞として使われた際には「不正」とか「詐欺」という意味があるそうです。
なるほど、詐欺行為にハッスルした人たちの物語であったわけです。
ところで、2人はどうやってリッチーとFBIを出し抜いたのか?
そこが気になる方も多いと思いますが、ぜひ作品を鑑賞して確認されることをお勧めします。
俳優陣が皆ハッスルして、見事な演技のアンサンブルを見せてくれることは間違いありませんので。その点だけを取っても、映画好きを唸らせる、充分に魅力的で価値のある作品だと思います。
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