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『恋するプリテンダー』レビュー☆ウソから始まるホントもある?
シェイクスピアの戯曲『空騒ぎ(Much Ado About Nothing)』を下敷きにしたロマンティック・コメディーです。主演のシドニー・スウィーニーが自分と同じ名前のシドニーを舞台に、現代版の「空騒ぎ」を見せてくれます。
- 『恋するプリテンダー』
- 脚本
ウィル・グラック/イラナ・ウォルパート - 監督
ウィル・グラック - 主な出演
シドニー・スウィーニー/グレン・パウエル/アレクサンドラ・シップ/ハドリー・ロビンソン/チャーリー・フレイザー - 2023年/アメリカ/103分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
シドニーで行われる姉ハル(ハドリー・ロビンソン)とクローディア(アレクサンドラ・シップ)との同性婚式に立ち会うためシドニー行きの飛行機に乗り込んだビー(シドニー・スウィーニー)は、かつて一夜をともにしたベン(グレン・パウエル)の姿を機内で見つけてギョッとする。
驚いたことに、ベンもまた同じ結婚式に出席するという。
イヤな予感を振り払おうとするビーだったが、シドニーの宿泊施設に着いてみると、先に来ていた両親が気を回して、ビーの元婚約者を呼び寄せ、復縁させようとする。
困り果てたビーは、フィアンセがいると知れば両親があきらめるだろうと考え、「恋人同士のふりをしてほしい」とベンに頼む。
同じく式に参加する元恋人マーガレット(チャーリー・フレイザー)の気を引きたいベンは、好都合と考え引き受ける。
こうして、かつて気まずく別れたビーとベンは、恋人同士を演じることになるのだが‥‥。
☆最注目コンビが放つZ世代のラブコメ
邦題に使われている「プリテンダー」とは、「〜のふりをする人(Pretender)」という意味の英語です。詐欺師たちの活躍を描いた映画『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(1919年)の主題歌として、Official髭男dismが提供した楽曲のタイトルが「Pretender」であったからでしょうか、最近耳にする機会の増えた言葉ですね。
本作に登場するのは、プロの詐欺師と違ってウソをつくことに慣れていない、とても不器用な男女です。舞台はシドニーの完璧なリゾート。その美しい風景の中で、不自然に「恋人」を演じる2人の姿がコミカルに、華やかに描かれていきます。
主演を務めるシドニー・スウィーニーは1997年アメリカ・ワシントン州の生まれ。
実は年齢の割に芸歴は長くて、映画『カミングアウト・オブ・ザ・デッド』(2009年)でデビューを果たしたのは12歳のとき。以来、テレビドラマを中心にキャリアを重ねてきました。
一例を挙げれば、『新ビバリーヒルズ青春白書』(2010年)、『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』(2014年)、『プリティ・リトル・ライアーズ』(2017年)などの人気シリーズにゲスト出演。並行して進めてきた映画の仕事では、クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)などの話題作もありましたが、ゼンデイヤ主演の同年のテレビドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』でついに大ブレイク。
そして主演と製作総指揮を兼ねた本作は、世界興行収入300億円超えのヒットを記録。その後も『マダム・ウェブ』(2024年)など映画にドラマ、さらにファッションブランドのアンバサダーとしてもZ世代を中心に絶大な支持を獲得と、いまノリに乗っている若手女優と言えるでしょう。
相手役のグレン・パウエルは、1988年テキサス州の生まれ。
こちらも、『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』(2003年)での映画デビューは13歳(撮影時)と、豊富なキャリアの持ち主。
映画やドラマでさまざまな役を演じてきましたが、世界中に知られるようになったきっかけは、なんと言っても『トップガン マーヴェリック』(2022年)での好演でしょう。主人公マーヴェリックの生徒たちの中で、腕はピカイチだが問題児のパイロット「ハングマン」をクールに演じ、ビーチのシーンで見せた肉体美とともに、強烈な印象を残しました。
本作に続いて、『ツイスターズ』、『ヒットマン』と3本の主演作が日本で公開になった2024年は(アメリカでは2023年公開の作品も含まれますが)、さしずめ大ブレイク前夜の様相。さらに2025年も複数の企画が決まっているグレン・パウエルは、いま最も注目度の高い俳優と言えるのかも知れません。
本作では、自慢の筋肉美に加えて、コミカルな演技にも非凡な在能を発揮して、対応力の高さを見せつけています。
☆恋愛にウソと誤解はつきもの‥?
そんないま最注目とも言える2人を起用して(この記事は2025年1月に書いています)、ポスターの宣伝文句を借りれば、「令和のラブコメ映画史上No.1」のヒットを記録した本作ですが、そのベースとなったのが、実はシェイクスピアの古典的な喜劇だというのですから、なんともおもしろいものです。
その『空騒ぎ(Much Ado About Nothing)』の初演は、なんと1598年ごろと推定されています。2組の男女の恋愛に、ウソや誤解が絡んだドタバタ劇、まさに「空騒ぎ」をくり広げた末にハッピーエンドで終わる物語です。
年代やお国柄を超越して、古今東西、恋愛にはウソや誤解がつきもの、ということでしょうか。
本作はそのエッセンスを引き継いだだけでなく、主要な登場人物の名前もシェイクスピアの戯曲から拝借しています。
例えば、ヒロイン・ビーの正式な名前はベアトリス。
ベンの元恋人はマーガレット。
姉の結婚相手クローディアは、戯曲に登場する男性クローディオを、世相を反映して女性にしたもの。
そうそう。ビーのお相手の名前ベンは、戯曲に出てくる貴族ベネディックから。
そんな本作の「空騒ぎ」ぶりはというと‥‥。
2人の出会いは街の飲食店。
トイレを借りたくて駆け込んでくるビー。レジの女性にその旨を告げるが、トイレを使えるのはお客だけ、とすげない返事。ビーは客になるため何かを買おうとするが、レジの長蛇の列を見て途方に暮れる。その様子を見ていた列の中の男性客が、「彼女は僕の妻だ、このコーヒーは彼女のために買うんだ」と小芝居をしてくれたおかげで、ビーは客と認定され、晴れてトイレへ。
トイレから出たビーは男に礼を言って去ろうとするが、靴のヒールにトイレットペーパーの長い切れ端がくっついている。男は思わず呼び止めるが、振り向いたビーはすっかり勘違いして「わたしをデートに誘いたいのね?」とニコリ。思わずうなずいた親切な男が、ベン。気づかれないようにそっとトイレットペーパーを踏んで、彼女のヒールから引き離した‥‥。
てな具合で、そもそもの出会いからウソの夫婦を演じているビーとベン。
で、そのまま彼の家に行き、一夜をともにしたわけだが(と言っても、盛り上がっているうちに2人とも寝落ちしただけらしいのですが)、先に目覚めたビーは寝落ちしたことに慌てふためき、彼が起きる前に家を飛び出してしまう。
挨拶もなく黙って帰られてしまったベンはいたく傷つき、そこへ朝から訪ねてきた友人に愚痴りついでに、「あんな中身のない女」などと悪態をついているところを、挨拶もなしに帰ってしまったことを反省したビーが戻ってきて、立ち聞きしてしまう。ショックを受け、走り去るビー。
と、ここまでに「夫婦」、「中身のない女」などウソが飛び交い、「デートに誘いたいのね?」とか「黙って帰られてしまった」とかの誤解も満載で、本家シェイクスピアも顔負けの展開。
しかも、これはほんのプロローグ。2人が再会して物語が本格的に始まると、ウソと誤解はさらにエスカレート。「空騒ぎ」は最高潮に達します。
☆ウソから始まるホントもある?
そんな「空騒ぎ」のクライマックスは、船上パーティーで「タイタニック」を決め込んだ2人が、シドニーのポート・ジャクソン湾に落っこちてしまう場面でしょうか(正確にいえば、落ちたのはビーで、泳ぎの苦手なベンは彼女を助けるために飛び込んだのですが)。
なんとか海上のブイにつかまって救助を待つ2人ですが、ヘリコプターに2人いっしょに吊り上げられることになってからが大変。ベンは泳ぎが苦手な上に、極度の高所恐怖症なのです。飛行機の中でも、ずっとアイマスクをして自分の「安心ソング」を聴き続けているほど。
そのことを知っているビーは、大声を出して、アカペラで彼の「安心ソング」を歌います。
それはナターシャ・べディングフィールドが2004年に発表した「Unwritten」という曲。自分の人生はまだ白紙で何も決まってない、すべてがこれから始まる、という前向きな歌詞を優しいメロディにのせて歌ったヒット曲です。
歌詞にはこんな一節もあります。
目の前にある白紙のページがスタートライン
暗い窓を開ければ
今まで気づかなかった言葉を太陽が照らしてくれるナターシャ・べディングフィールド「Unwritten」より(和訳はモリゾッチ)
今まで気づかなかった言葉を照らしてくれる‥‥。
演技ばかりしている2人に、自分のホントの気持ちに早く気づきなさい、と呼びかけているような歌詞です。
そして次のくだりで、ビーの声はいっそう大きくなります。
両手を広げて生きよう
今日が物語のスタート
続きはまだ白紙のままナターシャ・べディングフィールド「Unwritten」より(和訳はモリゾッチ)
ハーネスを握りしめていた手を離して、歌詞にあるように、思い切り両手を広げて歌い上げるビー。
ヘリコプターに吊るされながら‥‥。
高所恐怖症のベンのために‥‥。
そして歌詞の通りに、ビーとベンの物語はここからスタート、いや、再スタート。
その夜2人はめでたく(今度は寝落ちもなく)結ばれます。
こういう状況を言い表す言葉が、昔からあります。
「ひょうたんからコマ」
そしてもうひとつ、
「ウソから出たマコト」
なぜそうなるのかはわかりませんが、そういう言葉が昔からあるということは、そういうことが昔からよく起きているということでしょう。
ウソから始まるホントもある‥‥?
考えてみれば、ウソをつき通すには努力が必要です。ウソをホントのように見せる努力ですね。
そのあたりが、何か関係しているのかもしれません。
逆に言えば、ホントから始まった恋だって、ホントにかまけて努力を怠っていると、いつの間にかウソに変わってしまうなんてことも、あったり、なかったり‥‥。
さて、ビーとベンが結ばれて、これでめでたくハッピーエンドかというと、このお話はそう簡単ではありません。
そうです。歌詞の通り。「続きはまだ白紙のまま」なのです。
ここからまた最後の「空騒ぎ」がくり広げられて‥‥。
最後はどのようにハッピーエンドにたどり着くのかは、観てのお楽しみです。
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