当サイトは広告・PRを表示します
『カサブランカ』レビュー☆なんと健気なヤセ我慢
舞台はフランス領モロッコのカサブランカ。公開から80年余り。恋愛映画の古典中の古典と言われる本作ですが、一周回って現代の私たちは、再びこの作品のラストに深い感慨を覚える‥‥そんな時代に生きているのかもしれません。
- 『カサブランカ』
- 脚本
ハワード・コッチ/ジュリアス・J・エプスタイン/フィリップ・G・エプスタイン - 監督
マイケル・カーティス - 主な出演
ハンフリー・ボガート/イングリッド・バーグマン/ポール・ヘンリード - 1942年/アメリカ/102分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
カサブランカで酒場を営むアメリカ人のリック(ハンフリー・ボガート)は、従業員のサムがピアノで「アズ・タイム・ゴーズ・バイ(As Time Goes By)」を弾くのを聞いて、慌てて2階の事務所から降りてくる。その曲は決して弾かないようにと言ってあったはずなのに‥‥。
しかしリックは、ピアノの前に佇む女性を見てハッとする。
そこにいたのは、パリが陥落する直前、わけも告げずに突然姿を消した恋人イルザ(イングリッド・バーグマン)だったのだ。
この曲は、彼とイルザのためにサムがいつも弾いていた思い出の曲。
だから禁じていたはずなのに、よりによってイルザ本人がサムにリクエストしていたとは‥‥。
驚くべきことに、イルザはチェコスロバキア人でレジスタンスの英雄ヴィクター・ラズロ(ポール・ヘンリード)を同伴していた。なんとイルザは彼の妻だったのだ。
彼らはナチスの迫害から逃れ、自由の国アメリカへ脱出するために、このカサブランカへやって来た。この時代、多くの人が戦渦を逃れて、中立国のポルトガルからアメリカへ亡命した。彼らはこの町で協力者と落合い、そのルートでアメリカへ渡る手筈だった。だが‥‥。
だが、「通行証」を手に入れないとポルトガルへ渡ることはできない。その「通行証」を持っているのは、誰あろうリックなのだった。
リックは、かつての恋人とその夫の運命を握っているのだった。
イルザがリックのもとへやって来た。「通行証」を譲ってほしいと懇願するイルザ。
拒むリックに銃口さえ向けるイルザだったが‥‥。

☆2大名優にとっての代表作
ハンフリー・ボガートは1899年(なんと1800年台の最後の年!)のクリスマスの日に、ニューヨークで生まれました。
最初の映画出演はジョン・フォード監督の『河上の別荘』(1930年)と記録されています。『マルタの鷹』(1941年)、『三つ数えろ』(1946年)、『麗しのサブリナ』(1954年)などの大ヒット作がありますが、なんといっても本作のラストシーンでトレンチコートの襟を立てた姿が印象的で、「ボギー」という愛称とともに人々の心に残り続ける名優です。
ダンディズムという言葉がこれほど似合う役者は、ほかにいないかもしれません。
対するイングリッド・バーグマンは、1915年にスウェーデンのストックホルムで生まれました。のちにデンマーク王妃となった当時のスウェーデン王女にちなんでイングリッドと名付けられた彼女は、王立ドラマ劇場付属の演劇学校で演技を学び、10代の頃から映画の世界に入っています。
主演を務めたスウェーデン映画『間奏曲』(1936年)の英語版リメイク作品がアメリカで製作されることになり、ハリウッドの招きを受けてアメリカへ渡ります。この『別離』(1939年)が大きな商業的成功を収めたことで、彼女は一躍ハリウッドの人気女優となり、以来数多くのヒット作を生み出していくことになります。
一例を挙げれば、『ジキル博士とハイド氏』(1940年)、『誰が為に鐘は鳴る』(1943年)、『ガス燈』(1944年)、『汚名』(1946年)、『ジャンヌ・ダーク』(1948年)、『追想』(1956年)‥‥。
ハリウッドは彼女に賛辞を惜しみませんでした。いわく、メイクアップを必要としない完全に自然体の類まれな女優、およそ人が想像しうる中の最も理想的な女性、演技というものを根本から理解した完璧な女優、エトセトラ、エトセトラ‥‥。
そんな大女優にとっての、世界中が認めた代表作。
それが、本作というわけですね。

☆名場面と名台詞の宝庫
ナチス・ドイツの侵攻を受けたフランスでは、1940年に親ナチの、いわば傀儡(かいらい)政権が誕生しています。フランス中部の町ヴィシー(Vichy)に首都を置いたことから、「ヴィシー政権」とか「ヴィシー体制」と呼ばれる暗黒時代です。
本作の舞台となったカサブランカは、そんなヴィシー政権下のフランス領モロッコの都市。街にはドイツ兵があふれ、リックの店でも我が物顔で振る舞います。
その夜も、大きな声でドイツの愛国歌「ラインの守り」を歌い始めるドイツ兵たち。
しかしそこに、少しも怯むことなく進み出て、「ラ・マルセイエーズ」の指揮を取ろうとする男がいます。イルザの夫にして、反独レジスタンス運動の英雄ラズロです。
リックがバンドに許可の合図をしたので、そのまわりの皆が次々と立ち上がってフランス国家の大合唱となります。やがて酒場にいる全員が、立ち上がって合唱の輪に加わりました。なんと力強い歌声。感動の名場面‥‥。白けて引き上げていくドイツ兵が、とても間抜けに見えます。
それまで「ヨーロッパの戦争」とクールな傍観者を決め込んでいたアメリカは、ついに1941年、つまり本作公開の前年に、第二次世界大戦に参戦することになりました。
チャールズ・チャップリンはいち早く、1940年に(アメリカの参戦前です!)『独裁者』でナチス・ドイツを痛烈に批判しましたが、本作の監督であるマイケル・カーティスもハンガリーのユダヤ系家庭の出身です。
従って、当然のようにアメリカ国内の戦意高揚に資するというプロパガンダ的要素も散りばめられた本作ですが、そうした観点で秀逸だと思うのは、主人公リックの設定です。普段はクールな酒場の店主でありながら、いざというときには強力な反独運動の支援者になるというアメリカ人リックの有り様は、当時のアメリカの立ち位置と絶妙にダブるのです。
そんなリックの店だからこそ、密かにレジスタンスの協力者が出入りするようになり、そんな彼らと落ち合うために、ラズロとイルザはこの店を訪れることになったのでした。
さて、そのようにして予期せぬ再会を果たしたあと、苦い思い出に浸るようにグラスを傾けるリックですが‥‥。ひとりの若い女性が、彼を口説こうと近づきます。
「昨夜はどこにいたの?」と声をかける彼女に対して、リックの返しがなんとも粋です。
「そんな昔のことは覚えていないさ( That’s so long ago, I don’t remember.)」
「今夜会える?」と彼女は食い下がりますが、
「そんな先のことはわからないな( I never make plans that far ahead.)」
イルザのことで頭がいっぱいで、いわば上の空といった状態のリックなのですが、粋な言い回しでやんわりと彼女の誘いを断るあたり、大人の男の風格が漂います。
このやりとりは大変有名になりましたので、本作を観ていなくてもこの台詞だけは知っている、とか、この台詞は知っているけどなんの映画かはわからない、という人も多いのではないかと思います。
本作はこうした名台詞の宝庫で、挙げ始めるとキリがないほど印象的な台詞が多いのですが‥‥。中でも、映画と切っても切り離せない名台詞をもうひとつご紹介するとすれば‥‥。
それはやはり、本作の中に4回登場する「君の瞳に乾杯!(Here’s looking at you, kid.)」ということになるでしょう。
直訳すれば、「君を見つめることに乾杯!」という言い回しですが、この映画のリックなら、というか、もっと言えばハンフリー・ボガートの口から出るのなら、これくらいキザな台詞も様になるという計算の元でしょうか、見事な意訳がなされて、日本ではすっかりこの訳が定着しました。
かつて2人が愛し合ったパリの回想シーンで初めて登場し、ラストシーンでもリックの口から語られる‥‥。まさに、この映画を象徴する名台詞と言えるでしょう。

☆戦争に翻弄される男と女
イルザが「通行証」欲しさにリックに銃口を向ける場面。「ひと思いに殺してくれ(Go ahead and shoot. You’ll be doing me a favor.)」と訴えるリックの心情も胸に迫りますが、その言葉を聞いて泣き崩れるイルザの姿も切なく、古今東西、多くの映画ファンの心を捉える名場面となりました。
イルザは、ついにこう言ったのです。
「こんなにあなたを愛さなければよかったのに( I wish I didn’t love you so much.)」
この告白は、彼女の本心でした。
パリ陥落の直前、理由も告げずに彼のもとを去ったのには、深い理由があったのです。
パリでリックと出会ったとき、イルザはすでにラズロ夫人でした。若くして反ナチ・レジスタンス運動のヒーローと出会い、尊敬の念を愛情と勘違いした結婚‥‥。しかし、やがて夫はナチスに捕らえられ牢獄へ。過酷な獄中生活で命を落としたと知らされた直後、リックと出会ったのです。
ナチスの追手を恐れて素性を明かさないまま親しくなり、彼女はリックのもとで本当の愛を知ります。
夢のようなパリの日々。イルザとリックの幸せな日々。
陥落目前のパリから脱出してマルセイユで結婚する。固く誓い合うふたりでしたが‥‥。待ち合わせの場所に、彼女の姿はありませんでした。
夫のラズロが生きていて、牢から脱出したとの知らせが届いたのです‥‥。
そうしたすべての事情をイルザの口から聞いて、リックのわだかまりが溶けていきます。そして一瞬のうちに蘇る、あの幸せなパリの記憶。ふたりは互いの愛を確認し、ひととき幸せな時を過ごします。
そうです。それは本当に、ほんのひとときのことでした‥‥。
いまやリックは、それまでとは別の、予期せぬ大きな悩みを抱えてしまいました。
愛するイルザの命はなんとしても助けたい。アメリカへ亡命させたい。
しかし「通行証」は2枚。
イルザといっしょにアメリカへ行くのは、アイツか俺か‥‥?
本作を映画史に残る名作たらしめているのは、ひとえにラストシーンの見事さ、いや、ラストシーンで明らかになるリックの決断の見事さにある。そう考える人は少なくないでしょう。
もちろん、ここまでの展開もメロドラマとしてよく練られていて、世界大戦に翻弄される2人の運命に共感し、応援し、思い入れ、感情移入100%でラストシーンを見守る人がほとんどだと思いますが、それでもなお、あのラストシーンがなければ、ここまで名作の誉をほしいままにすることもなかっただろう、というのが、大部分の人の思いではないでしょうか。
そんなラストシーンが、実は2パターン撮られていたというのですから、絶句レベルの驚きです。
監督も脚本も製作陣も結末を決めかねていて、ふたつのパターンを撮ってみて、よかった方を採用しようとしたのだとか。撮り上がった2パターンのどっちがいいか‥‥その判断を彼らが間違えなかったことに、拍手を送りたい気持ちになります。
そのラストシーン。
本物の愛に気づいたイルザはリックとともにアメリカへ渡るつもりでいますが、搭乗直前の滑走路でリックは告げます。搭乗者はラズロ夫妻だ、と。
おまけに夫妻の関係を気遣ってでしょうか、君の奥さんは君を助けるために、本当に愛しているのは俺だと芝居をして見せたんだぞ、と見えすいたウソをラズロに聞かせたりします。
そして、納得しないイルザにかけた言葉が、またイカしています。
「君の瞳に乾杯(Here’s looking at you, kid.)‥‥俺たちにはパリ(の記憶)があるじゃないか(We’ll always have Paris.)」
本当はリックだって、イルザといっしょに行きたいに決まっています。しかしリックは、彼女の本心が聞けて幸せだったのです。彼女が本当に愛した男は自分。そのことだけで彼は幸せを感じ、今度はイルザの幸せを何よりも願ったのです。
一世一代のヤセ我慢。
レジスタンスに命を懸けた夫を見捨てた極悪妻‥‥イルザをそんな立場に立たせるわけにはいきませんでした。
男の人生、ときにはヤセ我慢も必要だ。
トレンチコートの背中が、そう語っているように感じます。
なんと健気なヤセ我慢でしょうか。
やはり、本作のラストはこうでなければいけません。
ちなみに、「カサブランカ」というのはスペイン語ですが、英語に直訳すると「ホワイトハウス」となります。欲にまみれて世界に関税戦争を仕掛けたホワイトハウスの主は、本作を観たことはあるのでしょうか?(この記事は、2025年の4月に書いています)
コメント