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『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』レビュー☆隣の芝生は青いものだが‥
マルチバースを舞台にした腕利きの魔術師たちの戦いを描いた作品です。主人公は、交通事故による両手の怪我で将来を閉ざされた元天才外科医。現在は魔術師にして、あのアベンジャーズの一員です。
- 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』
- 脚本
ジェイド・バートレット/マイケル・ウォルドロン - 監督
サム・ライミ - 主な出演
ベネディクト・カンバーバッチ/エリザベス・オルセン/キウェテル・イジョフォー/ベネディクト・ウォン/ソーチー・ゴメス/レイチェル・マクアダムス - 2022年/アメリカ/126分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
ある夜、ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)は不思議な夢を見る。彼は見知らぬ少女を守るために謎の敵と戦っており、なんとか少女を逃がしたと思った瞬間、致命傷を負ってしまったのだった。
寝覚めの悪い夢から覚めた朝は、かつての恋人クリスティーン(レイチェル・マクアダムス)の結婚式の当日だった。友人として参加した彼だったが、彼女の花嫁姿を見てしみじみと思った。
自分と彼女の関係はなぜこうなってしまったのか。ほかの道はなかったのだろうか‥‥。
だが、彼の物思いは長くは続かない。
パーティー会場の外に突如として怪物が現れ、街は瞬く間に大混乱に陥ったのだ。
怪物退治に飛び出していくストレンジ。
そこへ盟友ウォン(ベネディクト・ウォン)も駆けつける。
見ればその怪物は、ひとりの少女を捕らえようとしていた。必死で逃げ惑う少女。
なんとか怪物を倒した2人は、少女を救出する。
彼女の名は、アメリカ・チャベス(ソーチー・ゴメス)。昨夜のストレンジの夢に出てきた少女だった。
彼女によれば、事態は以下の通り。
制御不能ながらマルチバース(多元宇宙)間を行き来する能力が彼女には備わっており、何者かがその能力欲しさに彼女を捕らえようとしている。ストレンジが助けようとして奮闘してくれたが、惜しくも力尽きた。
その証拠にと彼女は、自分といっしょにこの宇宙へ飛ばされてきた、彼女の宇宙のストレンジの遺体を見せた。
夢で見たのは、別の宇宙(並行宇宙)の自分の姿だったのだ。
そう、ストレンジは理解する。
そして、少女の身にさらなる危険が迫るであろうことも。
思案の末に彼は、アベンジャーズの中で最もマルチバースに詳しいワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)に助けを求める。
だが、彼女との会談で恐るべき事態が判明する。
ワンダは、いまは亡き双子の息子と暮らすことを夢見ていた。
それは母親としては当然の思いだったが、息子たちはもう存在しない。
彼らは確かに存在しない‥‥この宇宙に限って言えば。
逆に言えば、他の宇宙(並行宇宙)なら彼らが存在する可能性があるのだ。
そうなのだった。
ワンダこそが、少女アメリカの能力を欲している張本人。
この事件の黒幕なのだった。
ストレンジとウォンは協力してワンダからアメリカを守ろうとするが、母となり強さを増したワンダの魔力に太刀打ちできない。ついに捕らえられたアメリカが、恐怖のあまり無意識にマルチバースの扉を開き、彼女とストレンジだけが別の宇宙(並行宇宙)へ飛ばされてしまう。
その宇宙のサンクタム(地球を別次元の侵略から守るために構えられた聖域)では、かつていっしょに修行したカール・モルド(キウェテル・イジョフォー)が守護者をしており、ストレンジとアメリカを手厚くもてなす。
ストレンジは彼の協力を得ようとするが、うかつにも毒を盛られ、アメリカとともに透明の檻に閉じ込められてしまう。
目覚めたストレンジは、檻の外にクリスティーンを見つけて茫然とする。
この宇宙では、彼女はマルチバースの研究者なのだった。
そしてその頃、ワンダは「ドリームウォーク」という魔術によってこの宇宙のワンダの意識を乗っ取り、ストレンジとアメリカを狙っていた‥‥。
☆マルチバースを股にかけてワンダを阻止せよ
ドクター・ストレンジが主役の映画としては、『ドクター・ストレンジ』(2016年)に続く2作目となる本作ですが、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の劇場映画としては『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年、レビュー記事はこちら)の続編。
また、MCU初のテレビシリーズ『ワンダヴィジョン』(2021年、Disney+ にて配信)から続くお話でもあります。
マルチバースという言葉がとうとうタイトルにも使われるようになり(本作のタイトルは直訳すれば「狂気のマルチバース」ということになりますね)、すっかりお馴染みの単語になってきました。
念のために、少しだけおさらいしておきましょう。
この単語は、そもそも「マルチ(複数の)」と「ユニバース(宇宙)」を合わせた造語です。ちなみに、「ユニバース」の「ユニ」は「ひとつの」という意味です。
現代宇宙論の主要な理論の中に、宇宙が急激に膨張していく過程で親宇宙から子宇宙、孫宇宙が泡のように無数に生まれ、そのすべての宇宙(それぞれを「並行宇宙」と呼びます)が別々に進化していく、という「多元宇宙論」がありますが、大変興味深いことに、ミクロの世界を扱う量子力学にも、「多世界解釈」という、並行宇宙や多元宇宙の存在を示唆する仮説があります。
(この辺りのことは以下の記事により詳しく載せていますので、興味のある方はご参照ください→『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』レビュー☆自分より相手のことを思えるか?)
MCU劇場映画としての前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年、レビュー記事はこちら)で、スパイダーマンの要望に応えようとして、図らずもマルチバース間の扉を開いてしまったドクター・ストレンジ。
『ワンダヴィジョン』(2021年、Disney+ にて配信)に描かれるウエストビューという街での出来事によって魔力を増大させ、母性に目覚めたワンダ・マキシモフ。
本作では、この2人がマルチバースを股にかけて火花を散らします。
☆ベネディクト・カンバーバッチの真骨頂
主演のベネディクト・カンバーバッチはイギリス出身の俳優で、その家柄は15世紀のイングランド王・リチャード3世の血縁ということがわかっています。
キャリアのスタートは舞台で、ロンドンのロイヤル・ナショナル・シアター(国立劇場)などの古典舞台で多くの重要な役柄を演じました。
その傍ら映画やテレビドラマにも進出し、BBCの『ホーキング』(2004年)で若きホーキング博士を熱演したかと思えば、『つぐない』(2007年)、『ブーリン家の姉妹』(2008年)など映画にも立て続けに出演。
そして、代表作のひとつとなるBBCのテレビドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』(2010年)とめぐり合うことになります。
名探偵シャーロック・ホームズという知的で風変わりなキャラクターに命を吹き込んだ彼の演技は高く評価され、エミー賞など多くの賞を受賞しました。この役との出会いは彼のキャリアを一気に押し上げ、世界中での知名度を確立し、その評価を決定的なものにしたのです。
その翌年には、このドラマを観たスティーヴン・スピルバーグ監督からのご指名で『戦火の馬』(2011年)に出演。その後スピルバーグ監督の推薦もあって、J・J・エイブラムス監督作の『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)に出演と、映画での印象的な仕事が続きます。
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)では、実在した数学者アラン・チューリングを演じました。第2次世界大戦時、ドイツ軍の暗号解読に成功して、連合国側に勝機をもたらしたイギリスの数学者の物語です。
アメリカの『タイム』誌が選ぶ「2014年俳優による演技トップ10」の企画で、この映画での彼の演技が1位に輝きました。
そしてそのあとに彼が挑んだ役が、ドクター・ストレンジだったわけです。
よく言われるように、彼の魅力のひとつはその独特な容姿と存在感にあります。彼は細長い体型と鋭い目を持ち、その個性的な外見が役柄に深みとリアリティーを与えます。その上で、繊細で緻密な演技が演じるキャラクターの感情や心理を的確に表現し、観る者の心を掴んで離しません。
舞台で培った大芝居的な、いわゆる大向こうを唸らせるような身のこなしも、ストレンジのアクションに生かされていますし、コミカルなシーンにも対応できる懐の深さが、この奇想天外な物語に厚みをもたせる役割を果たしています。
本作では、別の並行宇宙のクリスティーンと行動を共にし、自分の中の彼女への思いを再確認する場面も出てきます。
「すべての宇宙で君を愛している」
そんなむき出しの愛を、全宇宙の運命を左右しそうな戦いのさなかにサラリと言い放つ。
そんなことができるのも、彼の役者としての真骨頂かもしれません。
☆「至高の魔術師」VS「最強の魔女」
ワンダを演じるエリザベス・オルセンは、アメリカ・ロサンゼルスの生まれ。
3歳違いの双子の姉がテレビドラマの人気子役「オルセン姉妹」として有名で、小さいときには姉たちのドラマに出演したり、撮影現場をよく訪れていたようです。
姉たちは大人になるとファッションブランドを立ち上げて商業的に大きな成功を収めますが、しばらく学業に専念していた彼女はやがて芸能活動を再開。劇場映画デビューとなる『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(2011年)の主演で脚光を浴びます。
この作品で彼女は、カルト集団の共同生活の中に自らの居場所を求めざるを得なかった孤独な少女を演じて、批評家や観客の称賛を手にしました。彼女は苦悩するキャラクターを演じる才能を示し、役者としての豊かな将来性を証明して見せたのです。
その後『レッド・ライト』(2012年)、『オールド・ボーイ』(2013年)などを経て、『GODZILLA ゴジラ』(2014年)で主演のアーロン・テイラー=ジョンソンの妻を演じ、翌年の『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)からMCU作品に参加。ワンダ・マキシモフを演じることになります(より厳密に言えば、1年前の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のエンドロール途中に、次回作の予告編的にチラッと出演していますけど)。
彼女の演技は感情豊かで力強く、キャラクターの内面の葛藤や成長を過不足なく表現しています。
不幸な生い立ちをもった複雑な役どころで、ヴィラン(悪役)として登場し、のちにアベンジャーズに加わるというワンダの心の変遷を、繊細に、そして的確に演じて、MCUファンの支持を集めてきました。
本作では再びヴィランとしてドクター・ストレンジの前に立ちはだかり、その強大な魔力を見せつけることになります。
彼女の暴走を止めるために、ストレンジは「ヴィシャンティの書」を手に入れようとします。
それは、どんな敵をも滅ぼす魔術を魔術師に与えるとされていますが、「至高の魔術師」だけが読める書物にその在処が記されており、「実在はするが手に入れることは不可能」と伝わる秘伝の書、というわけですが‥‥。
一方でワンダは、本作の前日譚である『ワンダヴィジョン』(2021年、Disney+ にて配信)のエピソードの中で、「その魔力は至高の魔術師をも上回る」とされる最強の魔女「スカーレット・ウィッチ」へと覚醒を遂げています(このあたり、「スカーレット・ウィッチ」はワンダのヒーローネームだとする原作コミックとは、MCU版の設定は微妙に違います。そもそも原作コミックではワンダはミュータント。MCU版では東欧の小国ソコヴィアに生まれた人間の女性ですので)。
つまるところ本作は、「至高の魔術師」と「最強の魔女(スカーレット・ウィッチ)」が競い合い、雌雄を決する物語でもあるのですね。
果たしてこの戦いはどのように決着し、結末ではエリザベス・オルセンのどんな演技が見られるのでしょうか?
☆マルチバースで元カノが好アシスト
美しい花嫁姿で、ストレンジにヒーローの道を選んだことをしばし後悔させた、かつての恋人クリスティーン。演じるのは、華やかな笑顔が印象的なカナダ出身の女優レイチェル・マクアダムスです。
恋愛映画の王道として今でも人気の高い『きみに読む物語』(2004年、レビュー記事はこちら)で、ライアン・ゴズリングの相手役を務めてブレイク。『パニック・フライト』(2005年)、『きみがぼくを見つけた日』(2009年)などで着実にファン層を広げ、名探偵ホームズを翻弄する女詐欺師アイリーンを演じた『シャーロック・ホームズ』(2009年、レビュー記事はこちら)が話題になりました。
ちなみにこの作品でシャーロック・ホームズを演じたのは、『アイアンマン』(2008年)でトニー・スタークを演じたロバート・ダウニー・Jr です。そして本作の主演ベネディクト・カンバーバッチの出世作となったのも、BBCのテレビドラマ『SHERLOCK(シャーロック)』(2010年)でした。
アベンジャーズは、名探偵ホームズと縁が深いのですね。
レイチェルはその後も、テレビの情報番組のプロデューサーとして奮闘するヒロインを演じた『恋とニュースのつくり方』(2010年、レビュー記事はこちら)でコメディエンヌとしての才能を開花させ、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013年、レビュー記事はこちら)で感動的なSFコメディーのヒロインを演じたかと思えば、『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)のような社会派作品でも確かな存在感を発揮しています。
本作でも、持ち前のナチュラルな表現力を活かしてストレンジとのやり取りを的確にリードし、奇想天外なこの物語の中に大人の男女の微妙な、でも微笑ましい、リアルな関係性を出現させていきます。
終盤のストレンジの戦いに付き添い、ピンチには好アシストも見せるなど、この物語に欠かせない存在であることをあらためて感じさせてくれる活躍ぶりと言えるでしょう。
ストレンジが後悔するのもよくわかります。
そしてそんな彼の心の内を、ワンダが見逃すわけがありません。
マルチバース間を自由に移動できる力が手に入ったら、クリスティーンと暮らせる並行宇宙にお前を連れて行ってやる、だからアメリカという少女を渡せ、と迫ってきます。
しかし、もともとその並行宇宙にいた誰かを弾き出して自分がそこに収まる、ということにストレンジは抵抗を感じます。ワンダが望むように、彼女の双子の息子たちと暮らせる並行宇宙があったとしても、もともとそこにいたワンダはどうなってしまうのか?
そんな素朴な疑問を嘲笑うかのように、ワンダの攻撃は激しさを増し、物語は佳境へとなだれ込んでいくのです‥‥。
☆隣の芝生は青いものだが‥
さて、「狂気のマルチバース」と題する本作。
いったい何が「狂気」で、どこが「狂っている」というのか?
それはもちろん、観る者一人ひとりに委ねられた問いではあるのですが‥‥。
以下は、あくまでモリゾッチの個人的な感想です。
英語にはこんな諺があります。
The grass is always greener on the other side of the fence.
日本語に訳すとこうなります。
「隣の芝生は青い」
他人のものは自分のものよりよく見えるものだ、という人間の心理を表した諺ですね。
とかく他人がうらやましい。
それに引き換え自分なんて‥‥。
自己肯定感が低いときに陥りがちな心理かもしれません。
ひがみ根性、嫉妬、やっかみ‥‥。
人間には確かにそういう性質がある。
つまり、隣の芝生は青いものだが‥‥、しかし、だからといって‥‥。
以下の記事(→『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』レビュー☆自分より相手のことを思えるか?)でも少し書いていることですが、量子力学の「多世界解釈」では、こんなふうに考えるようです。
私たちが何かの選択をするたびに、世界(=宇宙)は枝分かれをする。散歩の途中にY字路に出くわしたと想像してみてほしい。右へ進んだとすると、右を選んだ世界(=宇宙)に自分は存在しているが、それと平行して左を選んだ世界(=宇宙)もどこかに存在している。
このように人が何かを選択するたびに世界(=宇宙)は分裂を繰り返し、無数に平行宇宙が増え続ける‥‥。
ここで言う「無数に増え続ける並行宇宙」が、本作で扱われているマルチバースの「並行宇宙」と完全に同一のものであるかはわかりません。しかし、私たちがマルチバースや「並行宇宙」について考える際のヒントとなる重要な要素が、「多世界解釈」の考え方の中に含まれている。そういう気がしてならないのです。
人生は選択の連続だ、とよく言われます。
確かにその通りだと思いますが、だとすると、「多世界解釈」的にはこんなふうに言うこともできます。
私がいま存在しているこの宇宙は、無数の並行宇宙の中から、自分の「選択」という行為によって、自分で選び取ってきた宇宙なのだと。
そして私たちはこれからも、無数の並行宇宙の中から、自分の「選択」という行為によって、ひとつの宇宙を選び取って生きていくのだ、と。
そう考えると、私たちは「選ばなかった並行宇宙」を羨んでいる場合ではないのです。
自分の未来に、「選択」の数だけ枝分かれする無数の並行宇宙が広がっている‥‥。
そんな光景をイメージしてみてください。
私たちのやるべきことは、自分のなりたい未来に向かって、一歩一歩確実に「選択」を繰り返していくこと。やり直したり、回り道をしても、そして目指す未来の姿がときに移り変わっても、諦めることなく「選択」を、そのときそのときの最善の「選択」を繰り返していくこと‥‥。
そんな考えが、浮かんでこないでしょうか?
本作を観てマルチバースに思いを馳せながら、そんな考えにたどり着いたとしたら‥‥。
それはきっと、人生を前向きで豊かで、光り輝くものにしてくれる、「魔法の力」を手に入れたようなものだと思うのですが、いかがでしょうか‥‥?
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