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『マッドマックス:フュリオサ』レビュー☆怒りが人を戦士に変える
2015年の傑作『怒りのデス・ロード』で鮮烈な存在感を放った女戦士フュリオサの過去に迫る壮大なスピンオフです。ジョージ・ミラー監督は、本作公開時79歳。衰えることを知らない創作エネルギーの発露を、存分に楽しめる仕上がりになっています。
- 『マッドマックス:フュリオサ』
- 脚本
ジョージ・ミラー/ニック・ラザウリス - 監督
ジョージ・ミラー - 主な出演
アニャ・テイラー=ジョイ/クリス・ヘムズワース/ラッキー・ヒューム/トム・バーク - 2024年/オーストラリア・アメリカ/148分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
舞台は、核戦争によって文明が崩壊したあとの荒廃したオーストラリア。奇跡的に豊かな自然が残る「緑の地」で育った少女フュリオサは、バイカー軍団の首領ディメンタス(クリス・ヘムズワース)に誘拐される。母メリーは娘を救おうとするがディメンタスに捕らえられ、フュリオサの目前で処刑されてしまう。
幼いフュリオサの心に、復讐の炎が灯される。
ディメンタスは清浄な水と作物に恵まれた「シタデル」を発見し、その地の支配者イモータン・ジョー(ラッキー・ヒューム)との交渉のために、幼いフュリオサを差し出す。将来子供を産むための存在としてイモータン・ジョーの妻たちとともに幽閉されるフュリオサだったが、隙を見て抜け出し、口のきけない少年のふりをして「シタデル」に潜伏を続ける。
やがて成長したフュリオサ(アニャ・テイラー=ジョイ)は重武装車両「ウォー・タンク」の建造に参加し、心通じ合ったドライバーのジャック(トム・バーク)とともに「緑の地」への脱出を試みるが、そこに立ちはだかったのは、またしてもあのディメンタスなのだった‥‥。

☆〈怒りの道〉へと至る血と砂の旅路
本作は単なる前日譚にとどまらず、フュリオサというキャラクターの人格形成、怒りの根源、希望の記憶、そして復讐という原動力を濃密に描き出した、叙事詩的なアクション映画となりました。
物語は、文明が崩壊してから数十年後の荒廃した世界を舞台に、幼いフュリオサが「緑の地」と呼ばれる理想郷からさらわれる場面から始まります。彼女を連れ去ったのは、新たな支配者となるべく台頭しつつある狂気の男、クリス・ヘムズワース演じるディメンタス将軍。彼は機械化されたバイク軍団を率い、力と恐怖によって土地を制圧していました。
ディメンタスとフュリオサは、やがて『怒りのデス・ロード』で登場したイモータン・ジョーと出会います。2人の狂王の覇権争いに巻き込まれる形で、フュリオサはその人生の大半を拘束と訓練、そして逃亡と復讐に費やすことになるのです。
物語は五つの章立てで構成されており、それぞれがフュリオサの心情の変化と成長を象徴するタイトルで彩られています。時間軸としては約15年間におよぶ長大なスパンを描いており、ただのバトルアクションではない、「ひとりの少女が戦士となるまで」の心理的・精神的成長を追体験する構造になっているのです。
本作で若き日のフュリオサを演じるのは、アニャ・テイラー=ジョイ。
彼女は『クイーンズ・ギャンビット』(2020年)や『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)などで評価された表現力を本作でも遺憾なく発揮。
特筆すべきは、フュリオサの台詞量が極端に少ない点です。寡黙な彼女の心の葛藤、怒り、悲しみを、表情と身体の動きだけで伝えるテイラー=ジョイの演技は実に見事。怒りを押し殺した沈黙が、彼女の内に秘めた復讐心をより鮮烈に浮かび上がらせるのです。
一方、ディメンタス将軍を演じるクリス・ヘムズワースは、これまで彼が演じてきたヒーロー役とは異なる「悪の道化師」的キャラクターを怪演。ユーモラスでありながらも一貫して残酷で、自らの支配欲を正当化する狂気は、イモータン・ジョーとはまた異なるタイプの恐ろしさを醸し出しています。
彼の「圧」と「滑稽さ」の絶妙なバランスが、本作の悪役像に新たな深みを与えていることは間違いないでしょう。

☆狂気と情念が交差する、渇きの時代の叙事詩
本作の最大の見どころは、何といってもジョージ・ミラー監督によるビジュアル演出の妙にあります。荒野を疾走する改造車、砂漠を覆う爆風、群れをなす暴徒――これらを実写とVFXを巧みに組み合わせて構築した本作の世界観は、まさに「崩壊後の神話」と呼ぶにふさわしい出来映えです。
中でも、伝説的な輸送車「ウォー・タンク」をめぐる長尺のアクションシーンは圧巻の一言。30分以上におよぶ連続戦闘は、カメラワーク、編集、音響、すべてが緻密に計算されており、観客はまるでその車上に同乗しているかのような没入感を味わえます。
加えて、物語の節目ごとに登場するシンボリックな映像演出や宗教的なモチーフも注目に値します。フュリオサが記憶する「緑の地」は、彼女にとっての天国であり、失楽園のような存在。この理想郷を巡るビジュアルイメージの対比が、本作の美術・色彩設計に深みを与えていると言えるでしょう。
本作は『怒りのデス・ロード』の「前日譚」であると同時に「補完」でもあります。あの映画で謎に包まれていたフュリオサの背景が、本作によって克明に描かれることで、観客は彼女の怒りの正体と哀しみに寄り添うことができるのです。
また、イモータン・ジョーやウォー・ボーイズ、「シタデル」の構造など、『デス・ロード』で描かれた要素がどう成立していったかが本作で明らかになる点も、シリーズファンにはたまらない点。単に「過去を描く」にとどまらず、既存作品の意味を再構築する本作は、シリーズの中でも異彩を放つ存在と言えます。
というわけで本作は、単なるアクション大作ではありません。
狂気が支配する世界において、希望を胸に生き抜こうとするひとりの女性の物語であり、その旅路は観る者の心を深く揺さぶります。アニャ・テイラー=ジョイの繊細かつ強靭な演技、ジョージ・ミラー監督による圧倒的なビジュアル演出、そしてシリーズ全体への橋渡しとなる物語構造——どれを取っても非常に完成度が高く、長く記憶に残る作品であることは論を待ちません。
アクション映画としての爽快感をもちながらも、人間の感情と精神性を描く重厚なドラマでもある本作。シリーズファンはもちろん、初見の観客にとっても強く胸に刻まれる作品となることでしょう。

☆そして、本作の悪役を見て思うこと
さて、そんな本作ですが、劇場公開から1年後の現時点で思うのは(この記事は2025年の6月に書いています)、悪役ディメンタスの卓越した予見性です。
「圧」と「滑稽さ」が絶妙なバランスを保つ、「悪の道化師」とでもいうべきキャラクター。それを、まさに「怪演」と呼ぶべきなりきりぶりで演じるのは、ヒーロー役でお馴染みのクリス・ヘムズワースという点も。
これは、現時点の我々から見れば、2025年に誕生した某超大国のリーダーをカリカチュアライズ(caricaturize)したものとしか見えません。
市場関係者やマスコミからは「TACO」と揶揄され(Tは彼の名前ですが、ACOは「always chickens out」の略、つまり「〜はいつもビビって引き下がる」という意味です)、信念が何もなく、目先の利益だけを追い求め、コロコロと言うことを変える上に(池上彰からは「朝令暮改ならぬ朝礼朝改」と言われています)、弱い者に対してしか強気に出られない、と誰もが知っている、「あのリーダー」のことです。
熱狂的な支持者からはヒーローのように崇められながら、その実、「圧」と「滑稽さ」が同居した「悪の道化師」的リーダーである点が、激似しすぎていて恐ろしくなるほどです。
人間の社会では、えてしてこんな人物が権力を握るということがある。
いや、人類の歴史は、こんな「悪の道化師」たちの暴走の歴史だと言っていい。
その暴走の歴史は現代まで続いている。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルのガザへの侵攻‥‥。
「悪の道化師」にそれを終わらせることは、絶対にできない。
そんなことを考えていると、ジョージ・ミラー監督の前作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)も、実はその某リーダーの1期目の政権誕生を決めた選挙(2016年)の前年の作品であったことに気づきます。このときから世界の分断が進み、今日(こんにち)へと続く怒りと憎しみの連鎖が始まっているようにも感じます。
怒りが人を戦士に変える。
この言葉は、『マッドマックス』シリーズを貫くテーマと言っていいでしょう。
それと同時に、人類の歴史を貫いて、常に繰り返されてきたこと、とも言えると思います。
こうしてこの記事を書いている最中にも、カリフォルニアでの不法移民摘発に抗議するデモ隊と州兵との衝突が大々的に報じられています。州知事の指示ではなく、60年ぶりに大統領の命による異例の州兵派遣。
激しい衝突、泣き叫ぶ市民。ここはウクライナか、ガザか、と思うようなニュース映像。その一方で、政府が推奨するビットコイン・ビジネスによって、大統領一族が運営する企業が莫大な利益を上げているとのニュースも。
関税戦争によって世界中に、そして移民の拘束や強制退去・大学いじめによって国内にも、たくさんの「怒り」を作り出している「悪の道化師」。
そうした幾多の「怒り」と「憎しみ」の中からいつか戦士が立ち上がり、「悪の道化師」に鉄槌を食らわす。
本作にはそんな予言が込められているのかもしれない‥‥などと考えを巡らす今日この頃です。
そういえば今日(私事ですが)、梅雨に入る前にと、門から玄関までの石張りの階段とアプローチを高圧洗浄機を使って夫婦で掃除しました。妻のモリコッチは、ノズルをマシンガンのように構えて、こう言いました。
「フュリオサみたいでしょ」
確かに、石張りの階段を覆い尽くす黒カビや苔は、「悪の道化師」たちと似ています。本当は見た目ほど強くないので、高圧洗浄機で吹き飛ばすのは簡単なのですが、気を許すとすぐにまた蔓延ってしまいます。
モリコッチには、ずっと戦士のままでいてもらわないといけないのかもしれません。
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