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『キック・アス』レビュー☆心の中にヒーローを
コミック原作の一風変わったヒーローものです。
超人はひとりも出てきません。その代わりと言ってはなんですが、残虐なシーンが結構多いので、少し注意が必要です。
- 『キック・アス』
- 脚本
ジェーン・ゴールドマン/マシュー・ヴォーン - 監督
マシュー・ヴォーン - 主な出演
アーロン・ジョンソン/クリストファー・ミンツ=プラッセ/クロエ・グレース・モレッツ/ニコラス・ケイジ - 2010年/アメリカ・イギリス/117分
※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
アメリカン・コミックのヒーローに憧れる冴えない高校生デイブは、ネットで買ったヒーロースーツを着込んで夜な夜な街へ繰り出していく。困っている人を助けてこの街のヒーローになりたいという志だけはあるのだが、何せもともと運動神経がいいわけでもなく、格闘技の経験もなく、気の利いた武器を使えるわけでもなく、ましてや超人でもない。
ちょっとチンピラに刃向かえば大怪我をし、空回りの日々だ。
そんなある夜、3人がかりでボコボコにされている男を助けようとして大立ち回りを演じる彼を、居合わせた何人かの人が動画で撮影しネットに投稿した。動画の中で名前を尋ねられた彼は、「キック・アス」と名乗った。
この動画が拡散して「キック・アス」はテレビのニュースでも話題の人気者になった。
すっかり調子に乗ってしまった彼は、麻薬の売人にからまれて困っているという友人の話を聞いて、キック・アスの衣装で注意をしに行く。ところが訪ねたアパートは、彼の想像とは違って、かなり大きな密売組織の支部のような所で、武器を持った強面の男たちに囲まれて絶体絶命のピンチに陥る。
そのとき突然窓から飛び込んできた覆面の少女が、そのピンチを救った。
とてつもない早業で敵を皆殺しにして彼を救い出し、窓外で待機していた覆面の男と合流した。
彼らはビッグ・ダディとヒット・ガール。
この密売組織に復讐を誓った親子だった。
かつて刑事として密売組織を追い詰めていたビッグ・ダディは、組織の仕掛けた罠にはまり、犯罪の汚名を着せられ刑務所へ。妊娠中だった妻は失意のうちに自死するが、その遺体から奇跡的に産み落とされた赤ん坊を、刑事の同僚が引き取り、育てていた。
やがて出所したビッグ・ダディは、その娘を脅威の戦闘マシーンへと育て上げた。
そして今まさに、密売組織を壊滅させるべく親子は動き出していた。
一方密売組織のボスは、支部が全滅したのはキック・アスの仕業と思い込み、部下にキック・アスの首をとってこいと命じるのだった‥‥。
☆ヒットガールの折れない心に脱帽
話の展開上、どうしてもたくさんの人が死にます。戦闘シーンの描写もかなりハード(R-15指定)ですので、そういうのが苦手な方は観ないほうがいいと思います。
主人公のダメダメ高校生デイブ君、志はやたら立派なのですが能力が伴わず、あまりの無鉄砲ぶりとダメダメ学園生活が笑いを誘います。
笑えはするものの、やはりダメダメ無鉄砲君にはなかなか感情移入がしづらくて、このまま見るのは結構しんどいと思い始めた頃、目の覚めるような登場の仕方で我々の度肝を抜いてくれるのが、ヒット・ガールです。
設定上は11歳。演じたクロエ・グレース・モレッツは公開時13歳。アクション・シーンの90%以上を本人が演じたそうです。
彼女の登場以降、物語は俄然、親子の復讐劇へとフォーカスしていきます。
ビッグ・ダディ(何やら子沢山なイメージの名前ですが、子供はヒット・ガールしかいません)と彼女の完全に武器オタク、戦闘オタク的会話も笑えます。
すっかりこの親子に思い入れができて、彼らのおかげでダメダメデイブ君もこれから成長するだろう、そして3人で麻薬密売組織と戦うのだろうと思った矢先、悲しい出来事が起きてしまいます。
最大の見どころは、その直後。
密売組織のアジトにたったひとり乗り込むことになったヒット・ガール。
ここからラストまでの戦闘シーンは圧巻です。
このシーンだけでも、この映画を見る価値は充分にあると思います。
もちろんこの戦闘シーン、しつこいようですが少し注意も必要です。
血飛沫が飛び、何人も人が死ぬからです。戦闘シーンなので当たり前なんですが‥‥、描写のハードさもそれなりにクライマックスを迎えます。
その点はきちんと押さえた上であえて言えば、非常によく作られている。その一言に尽きます。
最小限の動きで最大の効果を上げるというか‥‥、例えて言うと、日本のチャンバラ映画の殺陣を思い出させるような洗練されたアクション・シーンに仕上がっています。
ひとつひとつの技が小気味よく決まり、スカッとします。
考えてみれば、大勢の屈強な男たちが充分な武器を持って待ち構えている敵のアジトへたった一人乗り込んでいく11歳の少女‥‥。この設定は、腕利きの侍たちに取り囲まれた片目片腕の丹下左膳、もしくは盲目の座頭市、に通じるものがあります。絶体絶命、ハンデ背負いすぎ、勝てっこない‥‥そんな思いを吹き飛ばすように、次から次へと斬り倒していきます。しかも、目にも止まらぬ早業で、思いもかけない短時間に(どうも例えが古すぎて、すみません)。
何人もの敵が死んでいくのですが、あまりにスピーディーであるために、それほど残酷さを感じない人もいるかもしれません(感覚が麻痺したというのはそういうことを言うのだ、という声が聞こえてきそうですが)。
間違っても、死んでいくひとりひとりの背景などを想像してはいけません。
この男には実は小さな息子がいて、土曜にはヤンキースの試合を見にいく約束だったのに、とか、こっちの男は今日妻の誕生日で、上着のポケットにはプレゼントのネックレスが入っているのに、とかの空想は禁物です。
描写の残酷さには目をつぶり、あくまで復讐に燃えるヒット・ガールの折れない心、不屈の闘志に意識を集中して見守るというのが、この映画の一番正しい鑑賞姿勢かもしれません。
☆ヒーローは心の中にいてこそ価値がある
最後に、観終わったあとにできるこの映画の簡単な活用法をご紹介します。
みなさん、自分がビッグ・ダディになったつもりで、心の中にヒット・ガール(ヒット・ボーイでもいいのですが)を育ててみませんか。折れない心、不屈の闘志を持った小さなヒーローを、心の中に育てていきませんか。
理不尽なこと、納得いかないことの多い世の中ですが、泣き寝入りは心の毒です。
「涙は心の汗だ」とは、昭和の名曲「帰らざる日のために」の一節ですが、「泣き寝入りは心の毒だ」とモリゾッチは思います(またまた古い例えで恐縮です)。
しかし、許せないからといって直接行動に出れば、こちらの方が責めを負うことになるやもしれません。
そんなときこそ、何食わぬ顔で、心の中にヒット・ガールを解き放つのです。
理不尽、許すまじ。
心の中で静かにこう呟けば、理不尽な奴らは一瞬で皆殺しです。あくまで心の中で、ですが。
そんなことを考えていたら、昨日驚くようなニュースが海の向こうから飛び込んできました(この記事は2022年3月29日に書いています)。
題94回アカデミー賞の授賞式で、プレゼンターとして登壇したクリス・ロックにウィル・スミスが平手打ちを食らわせたのです。舞台袖とかではなく、オン・ステージで、満座の注目の中です。クリス・ロックがウィル・スミスの奥さんの髪型をジョークにしたことが原因でした。彼女は脱毛症のため坊主頭で会場に姿を見せていたのですが、「『G.I.ジェーン』の続編を早く見たいね」と彼女の髪型を揶揄したのでした。
まったく、つまらないジョークを言ったものです。殴られて当然、と思う反面、怒りに任せて暴力を振るう行為は、たとえその怒りが正しかったとしても、なかなか容認されないというのが社会のコンセンサスでしょう。その怒りが正しいかどうかは、見る人によって判断が分かれるケースが多いからだと思います。一般的に判断が分かれるものである以上、自分のケースだけは容認されると考えることはできません。
ステージに歩み出てマイクを預かり、個人の容姿をジョークにするのはもう止めにしないか、誰かを傷つけて笑いをとるなんてカメラの前に立つ者として恥ずべきことじゃないか、と訴えていたら、拍手喝采だったかもしれません。
でもそんなことでは、ウィル・スミスの怒りは収まらなかった。だから、ああするしかなかった‥‥。
本当に貰い事故のような、気の毒な事件でした。ウィル・スミスに同情します。
でも、考えてみてください。
怒りが収まる、気持ちが収まる、というのは実は心の問題です。
理不尽なこと、納得いかないことに出会ったとき、心の中だけで処理する方法を身につけていれば、怒りを収めるための行動(または、怒りを発散させるための行動)をとらなくても済む。つまり、早まった直接行動の責めを追わずに済むのです。
もしウィル・スミスの心にヒット・ガールが住んでいたら、表向きはもう少し冷静に振る舞うことができたかもしれない。そう思うと、残念でなりません。
誤解のないように言い添えますが、理不尽だとか納得いかないと思うことに対して、正当な抗議や意思表示の手段が用意されているようなケースは別です。その場合は心の中で処理するだけではなく、抗議や意思表示という行為で現実に働きかけていくことが、最善の方法でしょう。デモに参加したり、選挙に投票したりということですね。
そうではなく、ウィル・スミスの例のように対処に困るような理不尽というのは、社会生活の中で意外に多いものだとモリゾッチは思います。
サラリーマンであれば、たいてい誰もが経験するでしょう。
上司のわがままやくだらない思い込み・こだわり・偏見の押し付け。日常会話にわかりやすく滲み出る、偉いのは俺様だ的な権力意識。そのくせ、仕事の難しい局面になると決まって目にする優柔不断と曖昧な指示。責任を負うような判断からの、呆れるような逃げ足の速さ。業績よりも、能力や適性よりも、明らかに上の人の好き嫌いで決まっていく人事‥‥。
接客業の人であれば、客という名の暴君やクレーマーに関する悲惨な思い出のひとつやふたつ、誰しもあるに違いありません。
それ以外の仕事でも、人間関係がからむ以上、状況は似たり寄ったりのはずです。
そのような場合、抗議したり平手打ちのような直接行動に訴えればどうなるか‥‥。自分が望むような結果にならないことは明らかです。
なので人はやけ酒を飲み、気の合う同僚と愚痴を言い合うことで、なんとか気持ちを収めようとします。
でも、それだけですっきり心が晴れることは、数回に一度くらいではないでしょうか。
そんなときこそ、『キック・アス』のような映画がきっと役に立ってくれます。
心の中にヒーローを。
心の中にヒット・ガールを育てましょう。
世の中の理不尽に向かって彼らを解き放ったら、あの鮮やかな戦闘シーンをイメージしましょう。
血飛沫が飛びます。皆殺しです。目にも止まらぬ早業で、思いもかけない短時間で。
折れない心で、不屈の闘志で、世の中の理不尽を抹殺します。
自分の心の中で。
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