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『TENET テネット』レビュー☆逆行する時間、そして過去につけた心の傷は?

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アクションの森

鬼才クリストファー・ノーラン監督のオリジナル脚本によるSFアクション大作を取り上げます。本国アメリカでは、新型コロナウィルスの影響で公開が2度延期されることになった、いわくつきの作品です。


  • 『TENET テネット』
  • 脚本・監督
    クリストファー・ノーラン
  • 主な出演
    ジョン・デヴィッド・ワシントン/ロバート・パティンソン/エリザベス・デビッキ/ケネス・ブラナー
  • 2020年/アメリカ・イギリス/151分

※以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。

☆あらすじ

CIAの特殊工作員である主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン ※映画の中では「アメリカ人」などと呼ばれ、固有名詞は明かされない)は、第三次世界大戦を阻止するための作戦(コードネームは「TENET」)に参加することになる。

この第三次世界大戦は未来人によって仕掛けられた戦争で、勃発すれば核戦争よりももっと酷い結末が予想された。破滅間近の地球環境から逃れるため、未来人はこの世界の時間の流れ全体を「逆行」させる装置(劇中「アルゴリズム」という名前で呼ばれる)を作りだした。この装置が起動すれば、時間を「順行」している現代人は呼吸ができなくなって全滅するはずなのだ。

未来人は同時に、自分の進む時間の方向を変える装置も作りだした。開店扉のような装置で、そこを潜り抜けた人間だけが「順行」時間から「逆行」時間へ移行できる。未来人はこれを使って、自分たちも世界全体と同じように「逆行」することで、未来から現代へ逃れようとしている(そのときには、世界全体に対して「順行」しているので、生存することができる)。

主人公はニール(ロバート・パティンソン)という協力者を得て、ロシアの大富豪アンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)がカギを握っていることを突き止める。彼に会うため、その妻・キャット(エリザベス・デビッキ)に接触を試みるが、セイター夫妻の関係はとうに破綻していた。
部下たちにキャットを監視させ、暴言と暴力で常にキャットを怯えさせるセイター。だが幸運にも、キャットの口利きで主人公はセイターに近づくことができた。

やがて明らかになってきたのは、「アルゴリズム」はそれを作りだした科学者によって(決して起動できないように)9個の部品に分解され、過去の世界に隠された、という事実だった。
そして、未来人からの依頼でそれらを集め、起動させようとしているのがセイターだった。

セイターは旧ソ連時代の核施設のあった街で生まれ育った。その街は爆発事故による放射能漏れで地図から消されてしまったが、若き日のセイターはその廃墟となった街の爆心地近くでプルトニウムを採掘する仕事をしていた。そのとき偶然地中で見つけたのが、未来人からの契約書(依頼書)と大量の金塊だった。

未来人と契約することによって財を成したセイターだったが、若いときに浴びた大量の放射線の影響で末期癌を患っている。死期が迫ったいま、「アルゴリズム」を起動することになんのためらいもないセイターだった。

未来人から送られてきた「回転扉」を使って、「逆行」時間と「順行」時間を自由に使いこなすセイターとその部下。
主人公もニールやキャットとともに、セイターの目的を阻止するべく、「回転扉」を使って時間を「逆行」する。

そして辿り着いたのが、決戦の場所の決戦の時。
地図にない街の廃墟の中で、「アルゴリズム」はまさにいま起動されようとしていた‥‥。

出典:ポスターより

☆見どころは「逆行する時間」

本作のトップシーンは、ウクライナの首都・キーウのオペラハウスです。テロリストの立て篭もり事件が発生し、ここでの作戦における働きによって、主人公は「TENET」に参加する要員として選ばれることになります。
その後第三次世界大戦のカギを握るロシアの大富豪が登場し、最後の決戦の舞台は旧ソ連の核施設‥‥。

現在の世界の状況を予見したかのような、なんとも憎い舞台設定の本作です(この記事は2022年7月18日に書いています。アンドレイ・セイターは表向きには天然ガスで富を築いたと劇中で説明されますが、これって、最近よく耳にする「オリガルヒ」という奴なんでしょうね)

名もなき主人公を演じるジョン・デヴィッド・ワシントンは、名優デンゼル・ワシントンの長男。
プロのアメリカンフットボール選手としてNFLで活躍したあと役者に転向。テレビドラマなどで経験を積んで、『ブラック・クランズマン』(2018年)で映画初主演。
本作は、それに次いで2度目の主演作ということになります。
元NFL選手らしい体格と運動神経で、格闘シーンなどのアクションに非凡なものを感じさせます。

さて、そんな本作ですが、よくあるSFエンタテインメント作品をイメージして観ると、ちょっと肩透かしをくらいます。宇宙とか、時間旅行とか、非日常の舞台装置を用いてわかりやすく感動させてくれる映画かというと、そうではないからです。
確かに舞台装置は非日常ですが、わかりやすくはないし(というか、はっきり言って相当わかり難いです)、エンドロールで観客全員が涙するような熱い感動が待っているわけでもありません。

そもそも、未来人の企みを阻止する話でありながら、未来人が出てきません。主人公の敵と言えるのは、セイターだけです。

そのセイターについては、生まれ故郷の話や夫婦の破綻具合など、人物の背景がある程度描かれますが、主人公については、勤務中には酒は飲まずいつもダイエットコークを飲んでる、ということ以外なんの情報も出てきません。
主人公ですから、普通は、どういう生い立ちでどういう性格でとか、どういう出来事がきっかけとなって特殊工作員を目指すようになったかとか、大事な情報であるはずなんですが、それがいっさい明かされません。

ですから観客は、主人公に対する感情移入がほとんどできていない状態で、この難解な物語の中に放り込まれることになるのです。

なんだか文句ばかり並べているようですが、そうではありません。
そんなふうにして無理やり放り込まれた観客が、次々に起こる理解不能な現象に驚き、翻弄されながら、気づいたときにはすっかり惹き込まれてしまっている‥‥。
これは、そういう映画なんだと思います。

では、本作の一番の見所は何か?
それは、やはりなんと言っても「逆行する時間」だと言えるでしょう。

壁に開いた小さな穴から弾丸が飛び出して銃口へと戻る、などというのはほんの序の口で、瓦礫の山から突如黒煙が舞い上がり巨大なビルが建ち上がる、高速道路のカーチェイスで突然バックする車に猛烈な勢いで追いかけられる‥‥挙げ句の果ては、瓦礫から建ち上がるビル群を背景に、後ろへ進む兵士や車と前へ進む兵士たちが入り乱れる戦闘シーン‥‥。

他の作品ではあまり見かけない映像のオンパレードで、飽きることがありません。

ノーラン監督は、この物語の着想を20年かけて温めてきたそうですが、その間の撮影技術や編集技術の進歩があってようやく実現することができた企画、と言って間違いなさそうです。

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☆見た目は王様でも本当は小さい男

さて、そんなふうにアイデアの見本市的な要素も多い本作ですので、これ以上の予断を持たずに、まずはノーラン監督のアイデアの洪水にどっぷりと浸っていただくのが、本作の正しい鑑賞方法ではないかと思います。

というわけで、ここからは極めて個人的なモリゾッチの感想を短めに記していきます。

まずセイターです。
この人が諸悪の根源です。
何が悪いかといえば、未来人と意思疎通ができるのなら、彼らに最初に伝えなければいけないことがあるにもかかわらず、それをやっていない点です。

時間を逆行させる装置を作るほどの技術力があれば、地球の環境破壊を止めて破滅から救うこともできるはずだ。そのことを伝え、説得すべきでした。
その上で、彼らの技術力で末期癌を治して、自暴自棄にならずに済む人生を手に入れるべきでした。そうすれば、物騒な装置を起動しようなどという気の迷いも起きなかったはずなのです。

まずセイター、と書きましたが、次もセイターです。
というか、セイター夫妻です。
これは本作の特質のひとつですが、物語の中で人間的な感情を表出するのはこの夫婦だけなのです。なので、モリゾッチの関心も、必然的にこの夫婦に向けられることになりました。

妻のキャットがセイターに向かってこんなふうに言うシーンがあります。
「見た目は王様でも、あなたは愛のない妻を脅す、卑しい小さい男」
この言葉は、ほとんど正解です。

セイターは、金の力で多くの部下を意のままに操り王様のように振る舞っていますが、すっかり関係の壊れた妻のキャットを未だに束縛し続けています。彼女が逃げ出さないよう2人の間に生まれたひとり息子を人質にとり、常に部下に監視させています。死期が迫り、どうせ死ぬなら人類を道連れにと考える一方で、キャットを手放すことができずにいるのです。
本当に小さな男です。そして、卑しい男でもあります。

が、しかし、先ほどのキャットの言葉に1か所だけ間違いがあると、モリゾッチは思います。それは、「愛のない妻」という部分です。
セイターは、妻への愛を無くしたわけではありません。それどころか、強烈な執着があり、彼女が自分以外の誰かのものになるなんて耐えられないのです。彼女に対するセイターの暴力的な態度は、そのような激しい執着の裏返しのように、モリゾッチには見えます。

「愛」と呼ぶにはあまりにも大きく歪み過ぎてしまいましたが、そこにあるのは紛れもなく愛‥‥。
時間に「順行」と「逆行」があるのなら、愛にも「順行」と「逆行」があるような気がします。
つまり、愛の逆は、やっぱり愛。

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☆過去につけた心の傷は?

夫婦関係が破綻した原因は特に描かれていませんが、セイターの言動がキャットを傷つけてきたことは容易に想像できます。もしかしたらセイターは、相手を傷つけるような愛し方しかできない男かもしれません。愛すれば愛するほど、相手を傷つけてしまう‥‥。

第三者の目には、いわゆる「独りよがり」と映る言動なのに、本人はそれに簡単には気づかない。セイターのようなアクの強い人物には、往々にしてそういうところがあるように思います(あくまで個人の感想です。多様な意見と感想で、世界は成り立っています)。

では、過去につけた心の傷は、どのように癒せばいいのでしょうか?

セイターは、時間を「逆行」している場合ではなかったのです。
時間も愛も思い切り「順行」で、キャットに向き合い、素直に気持ちを伝えて、言葉と態度で彼女の信頼を得るしかありません。逆にいえば(というのは、言葉の「逆行」ということでしょうか)、それができれば、夫妻は関係を再構築できたかもしれないのです。

彼らのスタートが普通に仲の良い夫婦だったという前提で言いますが、もしそうすることができていれば、破綻した夫婦から仲睦まじい夫婦に、彼らはもう一度戻ることができたでしょう。
彼らにとってそれは、あたかも時間を「逆行」するかのような体験となったはずです。

なにも本当に時間を「逆行」する必要はなかった。というか、なまじっか過去に戻る手段を手に入れたばっかりに、「現在」と向き合うチャンスを逃してしまった。
それが、セイターの敗因です。
反面教師としては、非の打ち所がありません(これって、誉めているのか貶しているのか‥‥。賞賛の「逆行」? いや、「逆行」の賞賛??)。

過去に戻りたくなることも多いけど、自分の「現在」とちゃんと向き合うことが何より大切。人は誰も、限りある「順行」時間の中でベストを尽くすことしかできないのだから。

本作はとても難解で複雑な物語ですが、観終わってみれば、そんなシンプルな事実に気づかせてくれる映画でもありました。

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モリゾッチ

モリゾッチ

10代からの映画熱が高じて、映像コンテンツ業界で20年ほど仕事していました。妻モリコッチ、息子モリオッチとの3人暮らしをこよなく愛する平凡な家庭人でもあります。そんな管理人が、人生を豊かにしてくれる映画の魅力、作品や見どころについて語ります。

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