当サイトは広告・PRを表示します
『極悪女王』レビュー☆自分は強くなれたのか?
今回はネット配信で見られる日本のドラマをレビューします。1980年代に一世を風靡した女子プロレスの世界を描いていますが、当時をまったく知らなくても、プロレスファンでなくても、観ていくうちに胸が熱くなる作品です。
- 『極悪女王』
- 脚本
鈴木おさむ/池上 純哉 - 監督
白石 和彌 - 主な出演
ゆりやんレトリィバァ/唐田えりか/剛力彩芽/斎藤工/村上淳 - 2024年/Netflix/#1〜#5
以下の記事は作品の魅力を紹介するため最小限のネタバレを含みます。あらかじめご了承ください。
☆あらすじ
幼い日の松本香(ゆりやんレトリィバァ)はとにかく貧しかった。小さなアパートに普段は母と妹との3人暮らしだが、ダンプ運転手の父がたまに帰ってきて、母から金をむしり取っていくからである。酒乱でDVで女癖の悪い父。
ある日、母と香は父が愛人と住むアパートを訪ねるが、出てきた愛人が赤ん坊を抱いており、その赤ん坊の名前が自分と同じ「カオル」だと知り、ショックを受ける。いたたまれなくなって雨の街へ飛び出した香は転んで怪我をし、親切な人に助けられ、手当のために近くの大きな施設へ連れて行かれる。
それは、女子プロレスの興行が行われる体育館だった。
女子レスラーたちの練習風景に見とれる香。
数年後、学校を卒業した香は女子プロレスのオーディションを受け、練習生として合宿生活を始める。同期には、のちにライオネス飛鳥となる北村智子(剛力彩芽)や長与千種(唐田えりか)がいた。プロレス会社を運営している松永兄弟(村上淳、斎藤工)らの厳しい指導を受け、デビューを目指す日々。
ある日、合宿所の2段ベッドにかつての練習生たちの落書きを見つける香。その中に、ジャッキー佐藤として一時代を築いた「佐藤尚子」の名前を見つけ興奮する。親友となった長与千種とともに、その落書きの横に自分の名前を記す香だったが‥‥。
☆強くなりたいと願う少女
このドラマは、1976年に結成されたビューティ・ペア(ジャッキー佐藤とマキ上田のタッグチーム)の全盛期から、ダンプ松本が引退した1988年あたりまでの約10年間を、ほぼほぼ事実に沿って描いた作品です。
ほぼほぼ、というのは、例えばフジテレビが「トヨテレビ」、全日本女子プロレスが「全日女子プロレス」(略せばどちらも「ゼンジョ」ですね)と団体名こそ実在しない名称に変えていますが、選手たちの名前はそのまま。プロレスの技から、当時日本中を熱狂させた名試合、名シーンまで、ほぼ忠実に再現されているからです。
コンプライアンスなどという言葉もまだない、非常に不適切な時代。よく言えば、エネルギッシュでバイタリティーにあふれ、イケイケのバブリーな時代。その中で男たちはたいてい荒っぽく、馬鹿っぽく、おまけに自己中でアル中で、人生そのものが五里霧中。そして女は虐げられ、軽んじられ、貧乏と忍耐と絶望の三重苦‥‥。
そんな時代のひとつの風景を、女子プロレスという世界を通して鮮烈に蘇らせ、それと同時に、ちょっと残酷で、笑って泣ける上質なエンターテインメントに仕上げました。
父親を殺したいと思うほど憎んで育った香。その不幸な少女時代はコメディー要素も交えて描かれるので、それほどの悲惨さはありません。ただ母や妹のために強くなりたいと思う、下町の心優しく体格のいい少女の物語。父親はあくまで自分勝手でろくでなし。そのせいで苦労の絶えない母は、しかしキッパリと別れることができず、苦労の種である父とくっついたり離れたりのくり返し。
ダメな家族のステレオタイプといいますか、日本のあちらこちらにこんな家族はけっこういたのだろう、と思わせます。
なにしろそこは、70年代から80年代へと移りゆく日本。
男たちはどこにいても、どんなときでもタバコをくわえ、大声で汚い言葉をわめき散らし‥‥、そんな男たちが運営する女子プロレスの世界は、先輩からのイジメがはびこる陰湿な世界。唯一の頼りは自分だけ。自分の肉体と才覚でスター選手へのし上がれば‥‥。
しかし、心優しき香は同期のみんなに先を越され、合宿所の中の落ちこぼれ。いつまでたっても芽が出ず、悶々とする日々。そこへのしかかる、自分の家族のどうしようもなさ、「なんでこうなんだよ」というやるせなさ。
香の怒りはついに爆発し‥‥。
松本香はダンプ松本へ。
極悪女王の誕生です。
☆女優陣の覚悟がハンパない
最凶ヒール(悪役)の誕生までのいきさつを時代の空気とともに描き出す構成の巧みさもさることながら、練習生時代の合宿所での人間模様、とりわけ「55年組」と言われる1980年入団の同期の関係は、大変興味深いものがあります。
極悪女王ことダンプ松本が率いる「極悪同盟」が、人気絶頂だったクラッシュギャルズ(ライオネス飛鳥と長与千種のタッグチーム)と抗争を繰り広げたことくらいは知っている、というさほど熱心ではないプロレスファンにとっては、クラッシュの2人とダンプが実は仲が良かったというのは、新鮮な驚きではなかったでしょうか。
ましてや、ダンプと長与千種が練習生時代に親友になり、同期の中で2人とも落ちこぼれで悩んでいたなんて、よほど熱狂的な女子プロレスファンしか知らないことではないかと思います。
そんな同期のレスラーたちを演じる女優陣が誰も素晴らしく(もちろん主役もですが)、彼女たちが予想をはるかに超える熱演を見せたことが、本作の成功の最大の要因であることは間違いありません。
中でも、セリフ量も多く、試合の場面も長いクラッシュの2人は、やはり別格の貢献度です。
主役のゆりやんについては、お笑いパフォーマンスでの芸達者ぶりと見た目のインパクトから、ある程度の品質でダンプをコピーできることは予想されていたと思います。とはいえ、リングの上で見せる一挙手一投足は、もはやアスリートのもの。相当な肉体改造をして撮影に臨んだことが窺えます。
そしてライオネス飛鳥の剛力彩芽。
まったく無駄のない均整のとれたスタイルからは、普段よりも10㎏増量したとは想像できませんが、きれいに両足がそろったドロップキックや、ライオネス飛鳥の得意技で知られるジャイアントスイングを吹き替えなしで演じるあたりは、ダンスで鍛えた運動神経に加えて筋肉中心の増量がものを言った、ということでしょう。
クラッシュギャルズ結成前の長与千種とのシングルマッチのシーンでは、コーナーポストからの飛び込み式回転エビ固めに、返されてからのアトミック・ドロップと立て続けに大技を決め、それも、カットを割って(やっているように)ゴマかすというアクションシーンでありがちな方法ではなく、本当に流れで技を実演してみせて、それを本人の顔がわかるサイズで撮影しているという物すごさ。
感動して、鳥肌が立ちます。
女優陣のハンパない覚悟を代表して、あっぱれな熱演だったと思います。
☆髪切りデスマッチに思うこと
そしてもうひとり、忘れてならないのは、準主役とも言える長与千種を演じた唐田えりかの好演です。
のちに国民的なスター選手になる長与千種も、ダンプ以上に不幸な生い立ちの少女でした。両親が金銭問題で蒸発し、親戚中をたらい回しにされながら育った彼女。
長崎から東京までの切符に貯金を使い果たし、リングの下に寝泊まりしながら、飲まず食わずで練習を続ける日々。頼れるのは幼くして習い覚えた空手、そして負けたくないという、誰よりも強い気持ちだけ‥‥。
この役が視聴者から共感されるか、主役と同じくらいのシンパシーを視聴者から得られるかが、本作の成功の鍵だったと言っても過言ではないでしょう。
なぜなら、本作は実は、ダンプ松本と長与千種の物語であるからです。劇中に家族が登場するのはこの2人だけであるという事実が、何よりも雄弁にそれを物語っています。
そしてこの役に挑んだ唐田えりかの覚悟がどれほど強いものであったかは、本作のデキを見れば一目瞭然。劇中で彼女が放った輝きは、製作陣の期待をはるかに超えるものだったでしょう。
肉体改造とプロレスの訓練に加えて、クラッシュギャルズとしての歌唱やダンスも練習し、おまけに大量のセリフはすべて長崎弁。それらすべてをものにしただけでなく、彼女もまた、長与千種の得意技であるフライング・ニールキックを吹き替えなしで演じています。
全5話のハイライトとも言える、ダンプとの「髪切りデスマッチ」の長い長い死闘は、女優同士のアクションシーンの傑作として末長く語り継がれることでしょう。
なお、この場面で見られるおびただしい量の出血は、血糊だとわかっていても正視しがたいほどの迫力です。こんな試合がテレビで生中継されていた80年代って‥‥という感慨とともに、いまでは絶対放送できないコンテンツだなあ、と。それをドラマで再現した本作は、やはり地上波では流せなくて、配信だったんだなあ、とも。
さらに、この試合でノックアウトされた長与千種は髪の毛をバリカンで刈られますが、このシーン、唐田えりかの地毛を本当に刈って、一発勝負で撮影しています。坊主頭も厭わない女優魂に胸を打たれますが、その直後、幼い彼女を捨てて蒸発した両親が控室への通路で彼女に声をかけます(内緒で会場に来て応援していたのですね)。
血だるまになり無惨に髪を切られた娘にむしゃぶりつき、「ごめんね」と泣きじゃくる母。ずっと許せなかった母親をそこでやっと受け止め、抱きしめる娘。
「お母さん、お母さん‥‥」
千種の絶叫。そして涙の抱擁‥‥。
凄惨なデスマッチの丹念な描写はこのシーンのためにあったのかと、こちらも涙腺崩壊しながら、妙に納得させられます。
☆少女は強くなれたのか?
しかし、ダンプ松本と長与千種は、心の底から憎しみ合って髪切りデスマッチを戦ったのではありません。正統派の「ベビーフェイス」と悪役の「ヒール」に別れてから、プライベートでもなるべく接触を避け、顔を合わせないようにしている中で、少しずつ互いの心に溜まっていく誤解や邪推‥‥。それを巧みに利用して、2人のすれ違いを増幅させようとする、松永兄弟ら会社側の思惑‥‥。
そうしたことの結果として、いわば「戦わされた」2人のレスラー。
その中で全力を出し合い、死力を尽くして戦った2人。
そして試合のあと、同じようにモヤモヤしたものを感じる2人。
死力を尽くしたにも関わらず‥‥。
そのシーンは、第5話の終盤に訪れます。
練習生時代を懐かしむように、合宿所のリングの下を覗いたダンプこと松本香。そこに、あの日と同じように、長与千種の姿を見つけます。そう、ここは、練習生時代に千種が寝泊まりしていた場所なのです。
暗いリングの下に寝転がって、しばし語り合う香と千種。
自分は、ただ強くなりたかっただけなのだ、と口を開く香。
その言葉に、ややあって、千種はこう返します。
「うちら、ほんとに強くなれたとやろか?」
何も答えない香ですが‥‥。
場面変わって、とある試合後のインタビュー。
取り囲む記者たちを前にして、突如引退を宣言するダンプ松本。
場面は再び変わって、リングの上で会見を開く長与千種。
他団体の選手と試合することを宣言します。
慌てふためく松永兄弟や会社の幹部たち‥‥。しかし、もはや2人は、会社の言いなりになるレスラーではないのです。いや、こう言ったほうがいいのかもしれません。かつての少女たちはいま、男たちの言いなりにならない道を選び始めたのだ、と。
そして画面に映し出されるのは、ダンプ松本のあの伝説の引退試合。
時は1988年2月25日。場所は川崎市体育館。カードは「ダンプ松本・大森ゆかりVSクラッシュギャルズ」でしたが、リング上で4人が話し合い、タッグパートナーを交換して試合を行いました。
つまり、ダンプ松本・長与千種VSライオネス飛鳥・大森ゆかり。
最凶悪役で極悪女王だった松本香が初めて見せるクリーンファイト。立ち向かっていく飛鳥・大森だが、香と千種のダブル・サソリ固めが火を噴き‥‥というファイトの中で、物語はエンディングを迎えます。
自分は強くなれたのか?
それぞれのレスラーが、自分にそれを問いながら闘っているような試合です。
この最後の試合を観ながら、モリゾッチの頭の中に流れていたのは、中島みゆきの「ファイト!」でした。
ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴らが笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ出典:中島みゆき「ファイト!」より
すべての人がそれぞれの闘いを生きている。
性別を問わず、年齢を問わず、きっと誰もが、何かと闘っている。
例えば、川に生まれた魚が川をさかのぼるように、それはおそらく、命の宿命。
そんなことを思い出して、胸の中に熱いものがこみ上げてくる。
そして、自分ももう少し頑張ってみよう、という気持ちになれる。
『極悪女王』は、そんなふうに前向きな気持ちにさせてくれる作品なのでした。
コメント